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冷たい男 第8話 冷たい少年(1)
"冷たい男"と彼は町の人達から呼ばれていた。
親しみを込めて。
彼は、生まれ落ちた時から身体が冷たかった。
触れた相手を凍えさせてしまうほどに。
その手に触れられると骨の芯まで身体が震え、長く触れると皮膚が凍てついてしまう。
食べ物を口の中に入れるとその途端に冷凍し固まってしまう。
生まれてすぐに助産師を凍えさせてしまった彼を当然、病院は精密検査したが体温が異常に冷たい以外の異常はなく、検査の結果、"正常"と判断された。
彼は、体温が凍えるほどに低いだけのただの人間であると医学が証明した。
体温が異常に低いだけの普通の男の子として普通の生活を送っていった。
町から少し離れた小高い丘の上にその墓地はあった。
墓地を管理する寺は老朽化が著しかった為に30年以上も前に丘を下って町の中に移設されたが墓地はそのまま残された。墓地の移設となると一大事では済まず、費用だって馬鹿にならないことも理由として挙げられるが1番の理由は檀家の全員が墓地を移設することに反対したことだ。
理由は単純。
墓地の環境があまりにも良いからだ。
小高い丘の上にあるだけのこともあり、緑に囲まれて、景観がとても良い。野生の鳥が飛び交い、心地よい歌声を披露する。奥にある小川のせせらぎも心地よい。空も近くて天気の良い日は青空が、雨上がりには丘の向こうに虹が、雪の日は心落ち着かせる白い化粧が施される。
故人の心を慰めるには十分過ぎるほどの環境がこの墓地は整っているのだ。故人を思う家族が進んで移設したいなんて思うはずもない。
むしろいずれ自分たちも入るであろうこの墓の下で別れた家族と再会した暁には心ゆくまで景色を楽しみながら会話したいと願っていた。
冷たい男と少女は、墓地の中にある墓の一つの前に立っていた。予め準備してきた雑巾を濡らして墓石を拭き、買ってきた生花を生け、香り屋で購入した線香に火を付けてお供えした。
そして両手を合わせて黙祷する。
清涼感のある香りのする白い煙がゆっくりと空の上に昇っていく。
「もう2年かあ」
合掌を解いて目を開けた少女が呟く。
「早いね」
「そうだな」
冷たい男も目を開いて墓石に掘られた苗字を見る。
この国ならどこに旅行しようと必ず存在する有りふれた苗字。しかし、この苗字は冷たい男にとっても、少女にとっても忘れ難い苗字であった。いや、苗字というよりもこの墓の下で眠っている人のことを。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
明るい声に2人は振り返る。
そこに立っていたのは左右に2本のおさげをした一大きな一重の目をし、レモン色のフリルのついた可愛らしいワンピースを着た女の子であった。
2人は、少女を見て微笑む。
「久しぶりだね」
冷たい男が嬉しそうに言う。
「また大きくなったねえ」
少女は、しゃがみ込んで両手を広げる。
女の子は、笑顔を浮かべて走ると少女の胸に飛び込む。
「来てくださっていたのですね」
少女の後ろからオールバックに黒いスーツを着た男性が現れる。まだ、30代手前のはずだがスーツのせいか妙に貫禄がある。
「お久しぶりです」
冷たい男は礼儀正しく頭を下げる。
少女も女の子を抱いたまま頭を下げる。
「毎年、ありがとうございます」
男性も丁寧頭を下げて礼を言う。
「彼女も教え子達に来てもらってとても感謝していると思います」
そう、このお墓に眠っているのは冷たい男、そして少女の高校時代の担任であった。
「いえ」
冷たい男は首を横に振る。
「感謝しているのは俺の方です」
冷たい男は、お墓を見て眩しそうに目を細める。
「先生のおかげで・・・今の俺があるんですから」
これは"冷たい男"が"冷たい少年"と呼ばれていた頃の話し。