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看取り人 エピソード6 来世に繋がる失恋(3)
彼のいるファーストフード店に行ったのは話しを聞いてから三日後だった。
放課後は芸能の仕事で埋まっており、さらにマネージャーの取ってきた大手の飲料メーカーのCMの撮影が夜通しまで続いて、とても放課後少しだけ時間ちょうだいなんて言える雰囲気ではなかった。
それでも何とかミスを犯さず撮影を成功し、マネージャーに今日の仕事を二時間遅くしてもらうことが出来たのだ。
身体はヘトヘトだったけど、彼に会えるかもしれない、話せるかもしれないと思うと不思議と気力が湧いてきた。
私は、焦る足を抑えて、サングラスという古典的だ変装をしてお店に入った。
いた!
クラスメイトの情報通り彼はお店の隅っこの席でハンバーガーを齧りながらパソコンを打っていた!
ありがとうクラスメイト!
サインと電話番号だけじゃなく、デート権も獲得してきてあげるね!
私は、レジカウンターで期間限定のホットブルーベリーパイと紅茶を頼んでトレイを持って彼の席へと向かった。
「相席いいですか?」
私は、勇気を出して声をかける。
しかし、彼は反応せずパソコンに目を向け、ハンバーガーを齧っている。
聞こえてない?
耳にイヤホンなんて入ってないけど?
私は、小さく咳き込み、もう一度勇気を出して声をかける。
「あの……相席いいですか?」
その声にようやく彼は反応する。
顔を上げ、特徴的な三白眼で私の顔を見る。
それだけで胸がときめく。
「僕に言ってますか?」
彼は、抑揚のない声で私に聞く。
こんな声だったんだ。
低めで淡々としてるけどとても耳障りが良い。
いつまでも聞いてたい、そんな風に思える声。
私は、嬉しくて笑みを浮かべて言う。
「そうですよ。貴方です」
そう、貴方だから言ったんです。
「相席お願いしてもいいですか?」
私の言葉に彼は特に驚いた様子も見せずにキョロキョロ周りを見回す。
「席、空いてますよ?」
彼の質問は当然だ。
放課後で学生が屯する時間帯なのに店は驚くほど空いていた。
彼が疑問に思うのも当然。
しかし、私はちゃんと言い訳を考えてある。
「あまり目立つ席に座りたくなくて……その……」
そう言って私はサングラスを外す。
「分かるでしょ?」
「貴方は……」
彼は、三白眼でじっと見る。
私は、悪戯っぽく笑う。
「……わかりました」
彼は、そう言うと、何とパソコンとトレイを持って立ち上がった。
「どうぞ使ってください。僕は別の席に移るので」
……えっ?
私は、思わずポカンっとしてしまう。
彼は、そそくさと席を移動しようとする。
「ちょっとまって!」
私は、慌てて止める。
「そんなの悪いからやめて!」
移動なんてされたらここに来た意味がない!
「でも……」
「いいから座って!一緒に食べよう!」
私は、ついに懇願してしまう。
彼は、首を傾げながらも席に座り直す。
私は、ほっと胸を撫で下ろし、椅子に座る。
「ありがとうね」
「はいっ」
彼は、抑揚のない声で返す。
「いきなりで……びっくりしたでしょ?」
「そうですね。まさかクラスメイトに声を掛けられるとは思いませんでした」
「あら、どうして?」
「言葉通りです」
彼は、淡々と述べる。
「僕には友達がいないので」
彼の言葉に私は目を丸くする。
「そうなの?」
確かに一緒のクラスになって一ヶ月と少し。彼がクラスメイトと話しているのを見たことがない。
「貴方は、色んな人に囲まれてますね」
「見てたんだ」
「見ようとしなくても見えます。毎日のことなので」
本当、淡々としてるなあ。
感情の起伏をまるで感じない。
でも、何故かその調子が心地いい。
質の良い朗読を聞いてるみたいだ。
「タレントさん……何ですよね?」
「何ですよね?って私のこと知らないの?」
「芸能ごとには疎いので。テレビやMe-tubeなんかもほとんど見ません」
「じゃあ、何で席を譲ろうとしてくれたの?」
彼の認識と行動に辻褄が合わず私は首を傾げる。
「この席に座りたいのかな?と。陽キャの方々は時に強引なので」
えっマジで私そのポジションで見られてたの?
めっちゃ空気の読めない嫌な奴に思われてたの?
「そんなことしないよ。私!」
「ええっそれはさっきの行動で分かりました。僕の偏見と誤解だったようです。ごめんなさい」
彼は、抑揚のない口調で素直に謝まる。
なんだろう?
彼の思考と行動がまるで読めない。
本当にミステリアスだ。
「でも……単に目立ちたくないってことなら僕と一緒にいるのは不味くないですか?」
「誤解されるかもって?まだ、そこまで売れてる訳じゃないから平気よ」
「でも、僕なんかといたら人気の低迷に繋がるんじゃ?」
「自分を卑下しないで」
私の好きな人を馬鹿にするのは本人でも許せない。
「それに……ここに座ったのは私が貴方と話したかったからよ」
私は、頬が熱くなるのを感じながら口にする。
彼の三白眼を瞬かせる。
「僕とですか?」
「そうよ。貴方と」
「なんで?」
「興味があったから」
私は、高圧的に見えるように頬杖をついて余裕のある笑みを浮かべる。
強くて魅力的な女性を演じるのに最適と習った仕草だ。
「ミステリアスで有名な貴方と話したかったの」
「ミステリアス……ですか?」
彼は、抑揚のない声で返す。
「ええっ今後、女優業もやってくのに貴方のような個性的な人を観察することも必要だから」
あれっ?
なんでそんなこと言っちゃうの?私?
素直に話したかったでいいじゃない。
役に入りすぎちゃった。
どうしよう。
嫌われる。
「なるほど……わかります」
納得された⁉︎
私は、平静な表情の奥で驚きを爆発させる。
「僕も小説を書く時は出会った人達を思い浮かべながら個性を落としていきます。それと一緒ですね」
小説?
「貴方……小説を書いてるの?」
「ええっ」
「何かに投稿してるの?」
「いえ、僕は公募勢なので」
「ジャンルは?」
「その時、思いついたものを。ラノベでも一般文芸でも。何でも書きます」
「へえっ」
私は、思わず感心してしまう。
よく本読んでるな?とは思ってたけどまさか小説を書いてるなんて思わななかった。
「じゃあ。私のことを小説に出そうと思ってたりする?」
「いえ、貴方のこと全然知らないので」
いや、そこは嘘でも"そうですね"って言おうよ。
泣いちゃうよ……私。
「じゃあさ。これから知っていってよ。私のこと」
私の言葉に彼は眉を顰める。
「毎週、この曜日に一緒にここで食べない?」
「毎週ですか?」
彼の問いに私は頷く。
「お仕事忙しいんじゃないですか?」
「言ったでしょう?そこまで売れてないって。それに契約は学業優先だから融通きくし」
それは半分本当で半分嘘だ。
人気急上昇中の今、事務所がそう簡単に空き時間を許してくれるようになるとは思えない。でも、彼に会うためならどんな交渉でもしてやる。
ダメなら辞めてやる。
それだけ私はこの恋に本気で、今日の会話だけでさらに彼のことが好きになってしまったのだから。
ミステリアスな彼のことが。
「約束ね」
私は、小指を出す。
「……はあっ」
「約束ね!」
「……はいっ」
彼は、渋々と小指を出して私の小指に絡める。
抑揚のない表情と声で。
私は、平静で余裕のある表情の奥でドキドキが止まらなかった。