半竜の心臓 第2話 混じり者(2)

 リンツは、直ぐに戻ってきたが1人ではなかった。
 白い衣・・白衣を着た白髪の男性と同じように白い、身体をすっぽりと包むような服を着た年配の女性と一緒に現れる。
 その人たちは医師と看護師と呼ばれる人達で少女が眠っている間、身体の治療をしてくれていた人達らしい。
 魔法以外に身体を治す術があることに少女は驚くがそれ以上に注目したのは医師と看護師の容姿だ。
 医師は、上半身こそ初老の人間の男性だが腰から下の部分が栗毛の馬の身体であった。
 半身半馬ケンタウロス
 ユニコーンやペガサスと言った馬種の幻獣と人間の間に生まれた存在。そう父に聞いたことがある。
 看護師は見た目は人間だがその頭にはゆがみ曲がった少女よりも遥かに大きな2本の角が生えており、両目には白い部分がなく、血のように赤く染まっていた。
 何の種かは分からないが恐らく闇の眷属と呼ばれるものの血が流れているのではないかと予測する。
 2人は、外見に反して「目覚めて良かった」とても優しい口調で少女に話しかけ、ベッドに座らせると身体の調子を隅々まで確認し、痛いところはないか、苦しいところはないかと聞いてくる。
 あまりにも優しく、労りのある声に少女は萎縮する。父が殺されてから罵倒と嘲りしかぶつけられることのなかった少女にとって優しく投げかけられる言葉は何とも居心地が悪かった。
 少女が問診と検査を受けている間、リンツは何故か身体を小さく絞って部屋の隅にいた。
「胸の音を聞いてもいいかな?」
 そう言って半人半馬ケンタウロスの医師は首に下げた聴診器を見せる。
 少女は、よく分からないまま頷く。
「恥ずかしかったら言ってね」
 医師は、優しく少女の服を捲ると左胸に聴診器を当てる。
 雪のように冷たさに少女の脳裏に雪山の景色が蘇る。
(ああっここは本当に私の過ごした山じゃないんだ)
 少女は、両目を揺らして目を閉じる。
「うんっいい音だ」
 医師は、聴診器を少女の胸から外して服を下ろす。
「刺されたって聞いてたから心配してたけど心臓は問題なさそうだ」
 そう言って少女に向かって微笑む。
 それから部屋の隅にいるリンツを睨む。
「今度からは患者が目覚めたらいの一番に呼ぶように。いいね」
 医師の言葉に看護師も大きく頷く。
 リンツは、さらに肩を小さくして「はーいっ」と答えた。
 医師達は、部屋を出ていく。
 それを見送ってリンツは少女に近寄る。
「怒られちゃったっす」
 リンツは、小さく舌を出す。
 その仕草があまりにも可愛くて少女は目を大きく開ける。
「食堂のおばちゃんに声を掛けたらご飯用意してくれるって」
 リンツは、少女の手を握る。
 温かい。
「食べいこ。ここのご飯は美味しいっす!」
 そう言って優しく少女の手を引いて立たせる。
 少女は、言われるまま導かれるままにリンツに手を引かれて付いていった。
 目を疑うほど真っ直ぐで平らの木の板の道、廊下を歩いていると小さな3人の子供たちとすれ違った。
 両手が鳥のような翼の女の子、下半身が雲のような8本の節足の男の子、そして顔が蛙のように歪んだ男の子女の子かも分からない子ども達。
 3人は、楽しそうに歩きながら少女達の横を通り過ぎていく。
 壁に設置された窓から外の景色が見える。
 雪なんて欠片もない均等に整えられた草の絨毯、その上に所々、白く、長いベッドのような椅子が置かれた庭だ。
 庭なんて見たこともないはずなのに少女はそれを庭だと認識出来た。
 その庭にも多くの半人がいた。
 長い椅子・・ベンチに腰を下ろして本を読む白い毛むくじゃらの大男、草の絨毯に寝転がってうたた寝する下半身が蛇の女性、顔の真ん中に大きな一つ目のある紫色の女の子等々、たくさんの半人ハーフの姿が見えた。
 少女は、リンツに手を引かれながらその光景をじっと見た。
「着いたっす!」
 リンツは、嬉しそうに言って扉を開ける。
 その瞬間、お腹の虫が声を荒げた。
 嗅いだことのない良い匂いが少女の食欲という根底の本能を揺れ動かした。
 たくさん並んだ横長のテーブルには誰も座っていない。リンツ曰く朝ご飯が終わったばかりだから誰もいないとのことらしい。
 どうやらこの建物に住む人間種達はお腹が空いたら食べるのではないらしく、朝、昼、晩と決められた時間に食べるらしい。
 不便だな、と思いつつもあまりのいい匂いに頭が酔ってしまい、何も考えられないまま少女は、引っ張られ、椅子に座らされる。
「おばちゃん連れてきたっす!」
 リンツが奥の厨房に向かって声を掛ける。
 奥にあるのが厨房という物だと何故分かったのかと一瞬、疑問に思うがお腹が空きすぎてそれ以上は考えられなかった。
 リンツの声に呼応するように厨房の奥で大きな何かが蠢く。
 姿は見えない。
 しかし、風に煽られ揺れ動く泉の水面のように何かが激しく波打つ。
「触手?」
 それは丸い吸盤が幾つも羅列するように並んだ赤く太い触手であった。しかも一本だけでなくそれが何本も揺らめき、とぐろ巻く。
 少女は、あまりの不気味さに顔を青ざめ、引き攣らせるがリンツは特に変わったことなんて起きていないかのように朗らかに笑う。
「おばちゃんは照れ屋だから顔見せないっす」
「照れ・・屋?」
 2人の言葉に答えるように触手の先端が上下に曲がる。
 ひょっとしてお辞儀してる?と少女は思わず凝視する。
「食べたい物あるっすか?」
「食べたい物?」
 少女は、眉を顰める。
 リンツは、頷く。
「おばちゃん、料理上手だから何でも作ってくれるっすよ!」
 そうは言われても・・・。
 少女は、人差し指を口元に当てる。
 人間種の食べる物なんて何があるか分からない。
 竜は基本狩ってきたものをそのまま食べる。
 少女は、お腹を壊しやすいので父が火を通してくれたがそれ以上のことは何もしない。
 だから・・・。
「何で・・・」
 何でもいいです。
 そう答えようとした瞬間、少女の脳裏に映像が浮かぶ。
 誰だか知らない夢に出てきた茶色くて良い香りのする、そして口いっぱいに広がる果実よりも甘い食べ物・・。
「チョコレート」
 少女は、ぼそりっと呟く。
 リンツは、大きな目をぱちくりさせる。
 少女は、思わず口を押さえる。
 自分は今、何て言った?
 口が勝手に動いて、勝手に言葉を発した。
 リンツは、困った顔をした頬を掻く。
「チョコ・・・すか?」
 リンツは、おばちゃんを見る。
「おばちゃん、チョコ・・・なんて洒落たものあるっすか?」
 リンツの質問におばちゃんは触手を横に振る。
「ないみたいっす」
 リンツは、すまなさそうに代弁する。
「何でもって言ったのに申し訳ないっす」
 そう言って謝る。
 少女は、ブンブンと首を横に振る。
「私こそごめんなさい・・・変なこと言って」
 本当にどうしたんだろう?
 夢で見ただけで聞いたことも食べたこともない物を口にするなんて。
 少女は、恥ずかしさと申し訳なさに巣穴があったら入りたくなる。
「それじゃあお任せでいいっすか?料理が美味しいのはマジなんで!」
 リンツがそう言うとおばちゃんは触手を曲げて力瘤を作る。
 少女は、恥ずかしそうに小さく頷いた。
 その後、おばちゃんが苦心して作った手作り食パンと特製マッシュポテトを挟み、卵を乗っけたクロックマダムとコーンポタージュが出てきた。
 初めての手作り料理、しかも久方ぶりのまともな食事、あまりの美味しさに大泣きして食べたのは言うまでもない。

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