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ドレミファ・トランプ 第六話 私は貴方を利用する(4)

「部活⁉︎」
 四葉は、あまりにも予想外な言葉に思わず声を荒げる。
「そうっ部活」
 明璃あかりは、にっこりと笑う。
 紅玉ルビーのように。
「うちの学校ってさ。どんな生徒でも必ず部活に入らないといけないじゃない。例外なく」
 それは明璃時の人だろうと例外ではない。
「う……うんっ」
 四葉は、小さく頷く。
 この中学校の学区に住んでる子どもなら誰もが知ってるし、卒業式前になると必ず話題に上がる。
「四葉はもう決めた?」
「ううんっ。まだ」
「仮入部も?」
「うんっなーちゃんと一緒に幾つか回ったんだけど……」
 夜空は、運動系の部活から幾つも声をかけられていた。空手部がないので特に拘りはなく、やったことのないものをやろうかな?と言っていた。四葉は運動神経0なので文化系をと思っていたがやりたいと思えるものがなく、どうしようか悩んでいた。
「私もね。ピアノがあるから適当な部活に所属して幽霊しようかなと思ってたんだけど……」
 とんでもないことをさらりと言った明璃の顔が急に曇りだす。
 砂を被った宝石のような翳りに四葉は不安げに眉を顰める。
「私の親友の話し……覚えてる?」
 親友……。
 難曲を三か月で完璧に弾きあげた天才。
「うんっ確か……その人も赤札小だったよね?」
 しかし、そんな天才なのにこの一ヶ月、明璃の話題は上がってもその天才の話しは一度も上がったことがなかった。
「その人もうちに通ってるの?それとも私立?」
 明璃が褒め称えるほどの天才なら難関の私立中学校に通っていたとしてもおかしくない。
 しかし、明璃は首を横に振る。
「交通事故にあってね。入院してるの」
「えっ……?」
 四葉は、口元を両手で覆う。
「相当怪我が酷いらしくてね。いつ退院出来るか分からないの」
「そんな……」
 四葉は、表情を青ざめ、ヘリから崩れ落ちそうになる。
「四葉!」
 明璃は、手を伸ばして慌てて四葉の身体を支える。
「ごめん!こう言う話しダメだった⁉︎」
 四葉が気が弱いことは付き合いの浅い明璃でも分かることだ。こう言う血生臭い話しはダメだったか……と思ったが……。
「ううんっ違うの」
 四葉は、首を横に振る。
「さっき話した幼馴染もね。交通事故にあったの。それも二回……」
「二回⁉︎」
 明璃は、驚きの声を上げる。
 無理もない。
 普通、交通事故なんて一生一回あるかないかだ。それが二回もなんてレアどころの話ではない。
「私の幼馴染……とっても綺麗な顔をしていてね。それに目を付けた近所の男性がストーカーしてたみたいで……」
「ストーカー?でも何で交通事故?」
「幼馴染をわざと車で跳ねて怪我させて、それを助けるフリをして近づこうとしたみたい。でも、幼馴染、運動神経いいからギリギリで避けたんだって。でもそれで諦められなかったストーカーがもう一度襲ってきて……」
「どうなったの?」
「なにも……」
「なにも?」
 明璃は、首を傾げる。
「あ……あんまり詳しいことは教えてくれなかったんだけど今回も擦り傷くらいですんだみたいで……でもさすがに二回襲われたのはショックだったみたいで精神科に通ってるの」
 明璃の表情が青ざめる。
「それって……いつのこと?」
「ついこの間……犯人はもう捕まったみたいだけど……」
「そうなんだ……」
 明璃の青い目が震える。
「最初の時に犯人を捕まえてればこんなことにならなかったのに……ってみんな言ってた。幼馴染もすごく落ち込で泣いて……あの子が泣くの初めて見たから私もショックで……」
「ごめんね。知らずにそんな話して……」
 明璃が暗い顔で謝る。
「ううんっ大丈夫。ごめんね。大切なお話しの時に」
 四葉は、明璃を安心させるように硬い笑みを浮かべて言う。
「それで……その親友の子は……?」
「私も詳しいことは教えてもらえないの。面会謝絶で会わせてもらえない」
「そんなに……」
「本当はね。コンクールも彼女が出るはずだったの。私は次席……つまり代打だった」
 明璃は、きゅっと唇を紡ぐ。
 四葉は、眼鏡の奥の目を大きく開く。
「でも、そんなのは関係ない。私は私の出来る全てを演奏に込めた。代理として恥ずかしくないように。大愛だいあちゃんの名前を汚さないように」
「大愛……ちゃん?」
「神山大愛。私の親友の名前よ」
 明璃は、四葉を見て笑う。
「素敵な名前でしょ」
 そう口にした彼女の青い目は悲しげに揺れた。
「ピアノの先生とね……彼女の両親が話してるのを聞いたの。もう……ピアノは出来ないって。だから教室も止めるって……」
「そんな……」
 四葉は、信じられないと言わんばかりに声を震わす。
 テレビやネット動画でそんな悲劇的なストーリーを見たことはあるが、現実にそんなことがあるだなんて……。
 幼馴染が二度も事故にあって擦り傷程度で済んだことは本当に奇跡なのだと痛感させられた。
「でも……私は信じない」
 明璃は、スカートの裾をぎゅっと握りしめる。
「大愛ちゃんは天才なの。音楽の神様アポロンに一途に愛された存在なの。そんな彼女が……音楽が出来なくなんてあり得ない。あり得るはずがない!」
 明璃は、吐き捨てるように叫ぶ。
 四葉は、あまりの迫力に身体を震わせながらも目を離すことが出来なかった。
「だから四葉……貴方の夢を利用させて」
「さっきも言ってたけどそれはどう言う……?」
 四葉が聞くと明璃はニッと唇を釣りあげる。
「部活を作るの」
「部活を……作る?」
 四葉は、意味が分からず聞き返す。
 明璃は、力強く頷く。
「大愛ちゃんの受け皿を作るの!」
「受け皿?」
「大愛ちゃんが音楽が出来なくなるなんてあり得ない。でもね。世間はとっても冷たいシビア。特に怪我をして一度でも弾けないと忌札レッテルを貼られたピアニストを受け止めるような優しさはない」
 明璃の脳裏に大愛がピアノを弾けないと聞かされた時の先生の冷たい表情。そして裏返したように自分に媚びてくる表情が浮かび、嫌悪感が湧いてくる。
「だから私は受け皿を作りたいの。彼女が戻ってきても音楽を続けることが出来る環境を用意したい」
「それと私の夢と何の関係が?」
 明璃の言ってる意味は分かった。しかし、それがどう自分に繋がるのかが分からなかった。
「私が貴方のバンドメンバーになる」
「えっ?」
「私が貴方のバンドメンバーになる。部活も貴方の望むものにする……そうね。ヴィジュアル系バンド部ってところかしら?」
「ちょっ……ちょっと待って⁉︎」
 四葉は、あまりの突拍子もない発言に声に戸惑いの声を上げる。
「ば……馬場さんが私のバンドメンバーに?ヴィジュアル系バンドを?」
「私じゃ不服?化粧すればそれなりに映えると思うわよ」
「いや……そうじゃなくって!」
 四葉は、声を荒げる。
「馬場さんの専門ってクラシックでしょ?それをロックに……ヴィジュアル系なんてしてもいいの⁉︎」
 しかも、彼女は日本を代表するピアニストの卵なのだ。そんなこと……許される訳……。
「関係ないわ!」
 明璃は、吐き捨てるように言う。
「私は自分の欲に貴方を利用するの。だからこれは貴方が貰うべき正当な対価なの。私が貴方を利用するように貴方も私を利用するの」
 明璃の青い右目から一筋の涙が溢れる。
「私は信じてる。大愛ちゃんが音楽の舞台に戻ってくることを信じてる。その為なら主義も誇りプライドも紙にまとめてトイレに流してやる」
 明璃の手が伸びて四葉の手を握りしめる。
「お願い四葉。貴方の夢を利用させて。力を貸して。貴方が望むならピアノを捨ててもいい。一生奴隷になっても構わない……私を……大愛ちゃんを助けて!」
 明璃の顔は涙に濡れていた。
 天真爛漫で自信と才能に満ち溢れた彼女が顔を歪ませて必死に自分なんかに懇願をしている。
 親友のために。
 四葉は、唇をきゅっと噛み締める。
 心が熱くなると同時に酷い痛みが走る。
「……いいよ」
 四葉は、ぽそりっと呟く。
 涙に濡れた明璃の目が大きく見開く。
「私の夢……利用させてあげる」
 四葉は、眼鏡の奥の目で明璃を見て優しく微笑む。
「これからよろしくね。馬場さん」
 その瞬間、明璃は四葉の身体を抱きしめる。
「ありがとう……ありがとう……四葉ぁ!」
 明璃は、四葉の肩に顔を埋めて泣いた。
「どういたしまして」
 四葉は、優しく彼女の背中を摩る。
 明璃は、顔を上げて涙に濡れた青い目を擦る。
「それじゃあさっそく学校に部の立ち上げ申請しないとね」
「そ……そういえば条件とか大丈夫なのかな?」
 今更ながら不安になって四葉は言う。
「二人以上の部員がいれば特に難しいことはないみたいだよ。部活完全入部主義なだけに既存の部活が合わない生徒用にその変は緩いみたい」
「そうなんだ。それじゃあ部活名は本当にヴィジュアル系バンド部でいいの?それとも軽音部?」
「軽音部はもうあるみたいだから……ヴィジュアル系バンド部でいいと思うけど……それよりも」
「それよりも?」
 四葉は、首ん傾げる。
「バンド名決めない?」
 そう言って明璃は悪戯っぽく笑う。
「バンド名⁉︎」
 そんなこと……考えたこともなかった。
 そうか……バンドやるにはバンド名が必要なのかと今更ながらに思った。
QueenクイーンCloverクローバーにする?アメリカのバンドみたいでカッコいいけど?」
「そ……それはちょっと恥ずかし過ぎるので……」
 幼馴染がその名前を付けた時もあまりの恥ずかしさにやめてぇ!と懇願したが押し切られて採用になってしまった経緯がある。個人名でも恥ずかしいのにバンド名にしたら狙い過ぎで立つことも出来ない。
「じゃあさ。仮になんだけど……トランプにしない?」
「トランプ?」
 四葉は、顔を顰める。
「そう。貴方が四葉クローバーで私は馬場ジョーカー。そして大愛ちゃんは文字通りのダイヤ。見事にトランプじゃない?」
「確かに……ってか後二つ足りないよ?」
「それはオイオイでいいわよ。特に拘ってる訳じゃないし、揃ったら運命よね」
「運命……」
 四葉は、ぼそりっと呟く。
 確かにこれは運命なのかもしれない。
 小学三年生の時に明璃に出会い、音楽に興味を持ち、自分を認めるため、彼女に胸を張って再会する為に歌を始めてヴィジュアル系バンドを知った。
 そして再び彼女と再会し、歪な形で時が動き出す。
 これが運命と言わずに何と言うのか?
「これからよろしくね。四葉」
 明璃は、嬉しそうに言って四葉をもう一度抱きしめる。
 四葉も恥ずかしがりながらきゅっと彼女を抱きしめた。
「こちらこそよろしく……馬場さん」
「明璃でいいよ。友達でしょ。私たち……」
 友達……。
 四葉は、そのあまりにも華やいだ言葉を胸の中で噛み締め、目を閉じる。
「うん……よろしくね……明璃さん」

 大愛は、嗚咽した。
 涙が停めどなく溢れ出て膝の上に落ちていく。
「ルビーちゃん……」
 大愛は、涙と一緒に彼女の名前を呼ぶ。
「ルビーちゃん!……ルビーちゃん!……ルビーちゃん‼︎」
 考えもしなかった。
 彼女がそんなことを計画するだなんて。
 想いもしなかった。
 彼女が自分が戻ってくるのを信じてくれてたなんて。
 気づきもしなかった。
 彼女ルビーがこんなにも自分のことを大切に想ってくれてるなんて。
「ルビーちゃん!ルビーちゃん!ルビーちゃん!」
 大愛は、泣いた。
 泣いて泣いて泣き叫んだ。
 四葉と夜空よぞらは、何も言わずにじっと大愛を見つめ、こころは無関心なようにケーキを頬張りながら横目で大愛を見た。
 大愛は、顔も拭けないままに泣き叫び続ける。
 そしてどれくらい時間が経ったのか分からないくらい泣き続け、ようやく大愛は顔を上げる。
「ルビーちゃんは……?」
 大愛は、涙に濡れた顔で四葉を見る。
「ルビーちゃんは……どうなったの?」
 大愛の涙に濡れた目が四葉を映す。
 四葉は、冷めたマグカップを握りしめて、紅茶の面に映った自分の顔を見て、そして大愛を見る。
「明璃さんは……」

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