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福田紗也佳|風がしみわたる

Cyg art galleryでは、「風景が変化する様子を長く留めておくこと」を主題に、絵画やインスタレーションによる制作をおこなうアーティスト・福田紗也佳の個展「風がしみわたる」を開催しています。
本展では、福田が岩手に拠点を置いたことで描くことができた作品を発表。自然の影響による経年変化、人の手が入ることによる街並みや室内環境の変化など、風景が変わりゆく様子を鮮やかかつ重層的に描き出しています。

-「風景」を描く

福田は、主に実在する風景を油彩によって描いてきました。特に風景が変化する様子に関心があったと語ります。風景には、その土地の風土や風俗が滲み出ると考えるからです。福田は、そういった背景を調べたり、考察したりしながら「風景」を描きます。
モチーフは自身が撮った写真をもとにしていることが多く、画材としては油絵具を用います。描き初めははっきりとした形が見えていますが、描き進めるにつれ変容し、絵具は積み重なり物質感が増していきます。この絵画の「風景」における変容と積層は、実在の風景が変わりゆくこととも関係が深いように思えます。

福田紗也佳《慕情》
キャンバスに油彩/727×1000×33mm(P40号)/2022年

本展のメインビジュアルにもなっている《慕情》という作品の制作過程について、福田はこう語ります。

クレマチスの丘のとある美術館の藤棚があるエントランスの様子。
創業家が私物化し赤字経営となってしまった様子が愛人に貢ぐような関係に思え、閉ざされた少し退廃的な庭園のような雰囲気を出したいなと思った。
ここは私が妊娠中に1人で行った場所でいつか描きたいと思っていたところ、コロナ禍で経営難になり休館になっていることから、私自身も北の地から思いこがれて描いた。

(福田紗也佳)

ー身体が土地に馴染む

福田は青森に生まれ、大学時代を岩手で過ごしたのち、関東地方や東海地方に移り住み、2019年の終わりに岩手に戻りました。慣れない土地での暮らしや新型ウイルス感染症によって一変した生活のなかで、うまく描けなくなったこともあると言います。
本展に展示する作品のいくつかは数年前の作品に加筆して、新たに発表しています。これは、うまく描けなくなった時期にそれでも描き進めていた作品に対して改めて筆を入れたものです。岩手に拠点を置き身体が土地に馴染んでいき、描けない状態から脱却できたと言います。加筆した作品は加筆前の状態から大幅に姿を変え、より重層的になり、わかりやすい形はみえなくなっていきます。
福田が捉えた「風景」には、現在拠点とする岩手県内のものもあれば県外のものもあります。ですが「岩手を拠点としているからこそ、みえてきたことであり描けたものである」と福田は言います。今回、発表されているのは「岩手で捉え直した風景」とも言えます。

福田紗也佳《Quay terrace》
キャンバスに油彩/318×410×25mm(F6号)/2020年、2022年
福田紗也佳《Roof garden》
キャンバスに油彩/140×180×18mm(F0号)/2020年、2022年

ー室内の風景が流れ続ける

福田は、主に実在する屋外の風景を油彩によって描いてきました。近年の作品には、室内の風景がモチーフとしてみられるようになりました。これは慣れない土地での暮らしや出産・育児がきっかけとなり、室内にいる時間が長くなったことが影響しています。
風景といえば、自然豊かな景色や美しい街並みなど屋外を想像することが多いかもしれません。けれど、出産を経験すると驚くほど室内にいる時間が増えます。特に子どもの乳児期、目に飛び込んでくる風景は、いつも同じ高さの壁、自分との距離がそれほどない壁、到底1人きりにはしておけない小さな命。そして、自分の身体は鉛のように重いのです。筆者も経験者のため痛いほどわかります。子は尊く愛らしくかけがえのない存在と感じる一方で、とても狭い世界に幽閉されているような気分にさえなりました。出産・育児を経験をした者として、福田の作品からはそういった時間を過ごしたことが感じられます。
室内を描いた作品には《寝室の天井を見上げた》や《Nursery》があります。

福田紗也佳《寝室を見上げた》
キャンバスに油彩/190×273×18mm(P3号)/2020年、2022年
福田紗也佳《Nursery》
キャンバスに油彩/190×273×18mm(P3号)/2020年、2022年

育児をしていると、目の前のものに子どものものが増えてきます。カラフルなおもちゃ、洋服、アニメの画面。室内にいながらも風景はある意味で鮮やかです。《パン工場》はどこか見覚えがないでしょうか?このパン工場は福田の育児を支えてくれた頼もしい味方でもあったようです。

福田紗也佳《パン工場》
キャンバスに油彩/227×227×18mm(SSM)/2020,2022

ー風景のなかに人物が現れはじめる

近年の作品には人物が現れはじめました。もともと人物が登場することはありましたが、主として現れることはありませんでした。現れているのは、福田自身の子です。育児をきっかけに風景の中心に子どもが現れてきたのです。近年の特徴のひとつであると言えます。

福田紗也佳《The second birthday》
キャンバスに油彩/455×380×25mm(F8号)/2020年、2023年

ー「モガリ」、生と死の循環

出品作のなかには「もがり」を扱ったものがいくつかあります。この作品群はこれまで描いてきた風景とは少し異なります。
「もがり」(殯)は、古く日本でおこなわれていた葬儀の方法で、遺体をしばらく棺などに納めておくことです。青森県には、古代に行われていた習慣とは変わったかたちでこの葬儀の方法が残っているそうです。忌中のしるしとして門に板でバツ印を作り門を飾ること自体を「もがり」と呼びます。死者が葬儀を待っていると知らせる意味として「もがり」が残っていると考えられています。
このシリーズをつくるきっかけとなったのは、祖母が亡くなったこと、そして翌年に自身が出産したことです。福田は、強烈に生と死の循環を感じ、意識するようになりました。

福田紗也佳《モガリたち》紙にアクリル/サイズ可変/2023年、
《かがる、ほつれる》スライドフィルム、刺繍糸/ サイズ可変/2021年

小さな立体物群。数年前祖母が亡くなったことを契機にもがりについての制作を続けているが立体物にして展示するのは今年が初めて。
もがりを表すカラフルで小さなばつ印とその形態に付随する3パターン、
計4パターンの形を少し生命が宿った小動物のような雰囲気でさりげなく配置する。

(福田紗也佳)

《星の子》にも、「もがり」を表すバツ印がみられます。この作品は、近年報道される凄惨な子どもの死に対し、心を痛めたことがきっかけとなり制作されました。事実は変わらないけれど、せめてものレクイエムのような役割をもった作品です。

《星の子》キャンバスに油彩/ 150×130×15mm(六角形)/2022年

ー最後に

出品作の一部を通して、福田の近年の仕事を紹介させていただきました。会場にはここでは紹介しきれなかった作品がまだまだあります。
福田紗也佳の個展は、岩手では十数年ぶりとなります。Cyg art galleryでの発表としては、2014年のグループ展「Cyg Select」以来です。岩手を離れ、全国的に活動・発表を続けてきた福田が岩手に戻ってきてからの、初個展。福田紗也佳のここ3年ほどの制作と作品を一望できるものとなったと思います。「風景」に向き合い、絵画や立体作品を制作し続ける福田の作品群をぜひ会場でご覧いただきたいです。
展覧会終了後も、出品作品の一部は継続して取り扱います。Cyg art galleryはこれからも福田紗也佳の仕事を追い、紹介していきたいと思います。ぜひ、今後もチェックしてくださいませ。

Cyg art gallery 千葉真利

開催概要
展覧会名:福田紗也佳「風がしみわたる」
会期:2023年3月4日(土)ー3月29日(水)
会場:Cyg art gallery (〒020-0024 岩手県盛岡市菜園1-8-15
   パルクアベニュー・カワトクcubeⅡ B1F)
オンラインショップでも作品を取扱中


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