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無題

美しいとか、悲しいとか そんな、ありきたりな言葉たちと 家の窓から眺める見慣れた風景は どこか似ている気がする            ◇◆◇ 梅雨入りして一週間 思ったほど雨は降らずその日も晴れ時々曇り 仕事は休みで子ども達は学校へ 午前中諸々の用事を済ませ いつもなら自宅で休憩したい時間なのだけれど なんとなくこのまま走りたい、の気持ちに身を任せ国道をドライブ お腹は特に空いていなかった コンビニに隣接した道の駅を過ぎると それまで多く建ち並んでいた新築住宅が

    • 3月の、ハーモニカ

      慌ただしい3月も、折り返しに差し掛かる土曜日の午前9時。5月並みの暖かさ。身の危険を感じる程に視界を侵す黄砂。 長女と私は、前日に皮膚科のかかりつけ医師から紹介された、形成外科クリニックへ。 ビビッドな黄緑色のソファーが3つ4つの待合室は、既にほぼ満席。受付にいる事務員の女性が、歌うように患者を応対していたのが印象的だった。 小学校3年生の長女はきょろきょろと落ち着かない様子で、トム・ソーヤの冒険を読んでいる。 私は何かを求めるように、グレイス・ペイリーの小説の文字を

      • 煙草

        「いつから吸っとるん」 静かなトーンだった でも、ぴいんと張った薄い膜のようなものの中に怒りと悲しみをはらんでいて、一瞬で破れそうな、そんな危険な静けさを帯びていた。 15年ほど前だろうか、何を思ったか私は、人生で初めて煙草というものに手を出した。 コンビニで店員に番号を告げた時、犯罪を犯してしまったような心地がしたのを憶えている。 手に取るとその細身で、柔らかい桃色をした可愛らしい装飾が背徳感を和らげるのだった。 その人が私の変化に気付くのに、長い時間を要さなか

        • ノンレム列車

          今年4月から小学生になる次女は保育園でのお昼寝がなくなり、夕方は疲れがピークに達する。 その日もとうとう歯磨きをせずに眠ってしまった。 寝顔を覗き込みながら長女が言う。 「あーあ、ノンレム列車に乗っちゃった」 私の脳内に突如列車が現れる。 最近読んでいる本の影響からか、それは壮大な緑の山々を切り開くように進む、黒い蒸気機関車だった。たぶん日本ではないと思う。 列車が通り過ぎると、私は聞く。 「…ノンレム列車?」 「うん、寝てから2時間はぐっすり眠ってて、話しか

          2023.1 雑記

          久しぶりに一人の時間がとれた1月11日は、久しぶりの快晴。 普段は休みたいと思いながら、休みが続くと疲れるなぁという、我儘な年末年始が過ぎていった。 ようやく、2023年の手帳を買いに行こうという気になり、3日前に出逢ったブラウンのショートブーツを履いて出掛ける。 まだ肌に馴染まないブーツを履いてコツコツと、心はルンルン気取ってる。 …リサイクルボックス行きのペットボトルとトレーでパンパンのビニール袋をガサガサと、両手に抱えて。 時々つまずきながら。 パリッと心地よ

          2023.1 雑記

          おめかしな1日

          ママ!ツリーのところにプレゼントがあるよ! 娘がドタバタ階段を昇り降りする音ではじまるクリスマスイブ。 大寒波を追いかけるようにしてサンタはやってきた。 12月24日。 本当は365日のうちの、似たような顔をした1日のはずなんだけれど、クリスマス・イブというとっておきの衣装を着ておめかしをする。 髭の生えていないサンタは洗濯を終えると、ピザを焼こうと強力粉をごそごそ取り出す。 ふと、ほぼ1ヶ月過ぎた賞味期限に目がいく。 相変わらず詰めが甘いなぁと、自分にがっく

          おめかしな1日

          何でもないとある冬の朝のはなし

          2022年のカレンダーは最後の1枚になった。 その一枚の薄さ軽さが今年過ぎ去った時間を思わせる。 朝の冷え込みを自覚するのはこの静けさがあるからだろうか。 朝食と自分の身仕度を整え、今から始まる小さな戦いに備える。 12月が始まったばかりの金曜日。 6歳次女の仏像タイムで本日も幕が開く。 反抗期真っ只中の彼女は、何かが引き金となり拗ねてじっと動かなくなり、仏像と化す。何を言っても焼け石に水で、時間が前に進まなくなるのだ。 平日の朝の仏像タイム(in炬燵)は厄介である

          何でもないとある冬の朝のはなし

          お弁当を作ることについて

          最近、自分のためのお弁当作りにはまっている。 職場でお弁当を注文することもできるし、自分のお昼ごはんなんて、正直どうでも良いとさえ思っていた。 少し、心に余裕ができたのかもしれない。 夫や、子供に持たせるお弁当作りとは少し心持ちが違う。 家族のために作るお弁当は、お昼に向けて羽ばたかせると、夕方、「ごちそうさま」の声と共に帰宅する。 お昼にどんな風に食べられているかわからないまま、パッと、空っぽのお弁当箱に姿を変えて。 一方自分のために作ったお弁当は、当たり前なの

          お弁当を作ることについて

          父の言葉

          あ、言い忘れてたけど、藤沢周平、良かったので、別のを買って読んでます 実家で久々に食事をしたその翌日、父からLINEが入っていた。誕生日だか父の日だかに同氏の小説を贈ったのを思い出す。 寡黙な父親。私が出産してから、やっと互いに自然と、と言えるかはわからないけれど、話せるようになった。今ではもう、父というより、じいじだ。 食事をした日の帰り際、おもむろに私の横に座る父。夫とずっと飲んでいたので、だいぶんお酒がまわっていたと思う。夫とはなにやら会社や仕事の話をしていたよう

          父の言葉

          旅について

          アスファルトの車道と、それを見下ろすように立っている四階建ての白い宿舎。雨は降っていない。父の車のリアガラスで切り取られたその景色を、小学校3年生をもうすぐ終える私は、後部座席からじっと見つめていた。 車はゆっくりと動きだし、6年間過ごした宿舎を残して、私たちは新たな住まいへと出発した。 この何でもない車窓からの眺めの残像は、私の中での「旅」とか「旅立ち」という言葉の原体験として脳裏に保存されている。この時、悲しかったのか、寂しかったのか、わくわくしたのか、その感情は記憶

          旅について

          薄力粉で焼いたパン

          長女の夏休みの自由研究は、トラブルにより予定変更。急遽、パンを焼くことになった。 料理に興味を持ち、食べることが大好きな長女。料理はどちらかと言えば苦手な私。とても先生にはなれないけれど、強力粉と薄力粉の、焼き比べに挑戦。 シンプルな丸パンのとあるレシピを参考に、強力粉200gと、薄力粉200gの2パターンで作ってみる。砂糖やドライイーストなど、あとの材料は同じ分量で。それから発酵時の環境は、温度28℃、湿度70%で1時間と、同じ条件下。               

          薄力粉で焼いたパン

          葡萄

          「ぶどうが食べたい!いっぱい!地球が届くまで!」 7月最終週の午後。「おやつの時間だね。果物にしよっか?」という、私の提案の後の娘の言葉が壮大過ぎて、笑った。脳内に、お皿に山盛りの葡萄が現れる。葡萄はどんどん盛られて、空に届くほど高く高くなってゆく。 笑うと、身体が軽くなる。 数日前の出来事が、遠い昔のように思えた。 冷蔵庫にある巨峰(娘にとっては葡萄)は、2日前に実母がお見舞いで持ってきてくれたもの。その温かさは冷えることなく、そのまま保存されている。 二人の娘の

          葡萄

          2つに割れた7月8日

          魂が抜けたようにテレビ画面を見つめる夕方。 娘の視線を感じ、はっと我に返る。 何かを読み取ろうとして、私の顔をじっと見つめていたのだった。 そうか、私には、やらなければならないことがある。 手応えを確認するように、レタスを切ることを再開する。 須賀敦子さん「コルシア書店の仲間たち」を本屋で買ったのは、午前中のこと。 昼前のニュースが、その日をまっぷたつに分断する。            ◆◇◆ 須賀敦子さんのエッセイはゆったりとして余白があるから好きだ。「そこ

          2つに割れた7月8日

          風が吹いたような気がする 人が風を起こすことはできない と同時に、風を起こすことができるのは人だ、と思うこともある。 風に身を任せるか、逆らうか それを選択できるのも、人 予報のなかった、風 たぶん、良い風。 とある人が運んでくれた。 お世話になった、上司。今は別の部署に勤務している。 子供の頃父親を交通事故で亡くしたと、明るく話してくれた。周囲を一瞬で笑いの渦に巻き込み、次々と舞い込む仕事に嫌な顔1つせず、腕まくりをして走り回っている。忙しい忙しいと言いな

          鞄の中のマイワールド

          買い物帰り、車の助手席 布製の小さな手提げ鞄を、母親が子供を抱っこするかのように大切に抱え、中のものをせっせと整理し始める娘。時々座席下に落としてしまったり、ばらまいたり、その動きのせわしなさったら、運転しながらの視界の隅でも認識可能。 最近、少し出掛けるだけでも、自分のものを鞄に入れて持ち歩くことに喜びを感じている5歳の娘。 グミ、絵本、おもちゃの指輪、ビーズのブレスレット、色鮮やかなタオルハンカチ。大人に邪魔されない自分だけの世界を詰め込んでいるのだろうか? よく

          鞄の中のマイワールド

          Kさんがくれた橙色の朝

          「娘がマスクをしていないので今日はちょっと…」 いつからかマスクは、感染対策済みを証明する押印のようになった。マスクをしていないことへの罪悪感、行動範囲を狭められる日々。 その日は保育園でクラスターが発生し休園、娘を連れてゴミ捨てを終え、近所を散歩していた。誰かに会うことを想定していなかったため、私はマスクをしていたが、娘にはさせていなかった。 そんな時に限って、人に会うものである。 同じ自治会のKさんに、「おうちへ遊びにおいで」と声をかけられたのだった。検査対象とな

          Kさんがくれた橙色の朝