ドイツ人の間食風景
人類であれば、だれしも食事をするもの。そして世の中にはいろんな国のレストランや食材が溢れ、世界中の料理が身近で食べることができるようになった現代。
だからこそ、他国の食事文化も自分たちとそんなに違わないだろう、と思ってしまう。僕も、まぎれもなくそう信じ込んでいた。
なんだけれど、これまでドイツ人の食生活について何度か記事を書いてきたように、実は体質的な違いや採れる作物の違いなどによって、世界の食生活はかくも異なっている。「ドイツ人の食べる能力」「ドイツ人の日常の食事風景」
そんな異文化に満ちた世界の食事風景のついて、今回はドイツ人たちの「間食」をテーマに書いてみる。
会議中につまむ
狩猟民族だからなのか。理由は分からないけれど、ドイツ人たちは一般的な日本人と比較すると三食を規則正しく摂ることに意味を見出さない。食べる時間も量も、フリーダム。
三食きっちりと食事を摂らない人が多いせいか、みんな会議しながらしょっちゅう間食している。ちょっとした会議だと、会議室にクッキー・チョコレート・ナッツなどを準備して、議論しながらちょくちょくつまんでいる。僕が働いていた2社では、従業員が持ち込む場合もあったし、会社が買ってストックしておいて、食べたい人たちが出して食べながら会議をする場合もあった。
ドイツ人
「仕事が終わってからレストランに移動して会食しながら懇親するよりも、こうやって会議室でスナックをつまみながら会議して、合間に歓談する方が、お金や時間の使い方がよっぽど効率的で有意義だとお前は思わないか?」
と、僕が働いていたドイツで2社目の会社のCEOは、いつも日本人の僕に対して「効率自慢マウント」を取ってきたものだった。
ちなみに、そのCEOは健康オタク。彼がその会社で働き始めてから、社員たちが会議中に甘いクッキーとかチョコレートを食べているのをみて、眉をひそめた。こんなに砂糖や油分ばかり食べていては健康に悪い!と考えて、社内会議でこれらを食べることを全面的に禁止した。
代わりに彼が指示して会社に常備させた会議スナックが、ナッツ。ドイツではナッツ類が比較的簡単に手に入り、スーパーでもふんだんに並んでいる。主に南方のトルコ産のものが多い。
CEO
「ナッツ類は体にいいんだ。砂糖やバターを摂取するくらいなら、健康のためにナッツを食べることだな。ほら、日本でもナッツを食べる文化があるだろ?」
僕
「ナッツ?んん??まあ、食べなくはないけれど、ドイツほどメジャーじゃないよ」
CEO
「お前は日本伝統の食事を知らんのか!オレが教えてやる。豆腐とか納豆だ!体にいいとされているんだろ?」
おお、なるほど、と僕は膝を打った。ただし心のどこかに、そこはかとない違和感を感じながら。
あとから考えてみると。豆腐とか納豆は大豆からできている。大豆は豆類なので、英語だとビーン。ビーンとナッツは植物学的にいえば違うものらしい。ただ、その時は勢いで言いくるめられてしまった。クヤシイ。
ちなみに、後で分かったことだけど、CEOが実際に納豆を食べたら、とんでもなくマズイという感想を叩きつけるわけだが。ハハハ。
とにかく、そんなこんなでCEOが出席する会社の定例会議では、いつもナッツ類が提供されていた。
ナッツをつまむCEO
CEOは会議中に従業員を大声で詰問したり、言いくるめようとしたり、罵倒したり、延々と持論を展開したりと、息つく間もなく口を動かして喋り続ける。それと並行して、せわしなくナッツを一粒一粒つまんでは、一生懸命お口に放り込んでポリポリポリポリ食べている。
日本だったら、即座に彼のあだ名は「リス」になるに違いない。
けれど、ドイツ人にはその姿が違和感ない様子で、みんな真剣な顔してCEOと議論していた。日本ではなかなかお目にかからない不思議な光景だった。
仕事中に間食
ドイツ人たちが間食するのは、必ずしも会議中とは限らない。事務所で働きながら、机に積んでいるリンゴを一日に5~10個くらい、丸かじりでシャクシャク食べている人もいた。
「丸かじりで」っていうのがキモで、いちいちナイフで皮をむいたりしない。キッチンペーパーとかを机に用意しておいてリンゴにかぶりつき、タネとかヘタの部分を残して全部食べたら、その残骸をキッチンペーパーでくるんで、ついでにその紙でチョチョッとお手々を拭いて、ごみ箱にポンッと捨てておく。日本だったら概して多湿だから不衛生で許されないと思うけれど、そこは基本的に乾燥しているヨーロッパ。濡れた手はすぐに乾くし、みんなやっている日常の風景だった。
ちなみに、人によってはリンゴの中でもお気に入りの銘柄があった。僕が住んでいた地域でよく目にした銘柄は、Gala、Pink Lady、Jonagold、Fuji、Elstarなど。ルーマニア出身の同僚でElstarが大好きな人がいて、ぜひ食ってみろと強く勧められてからは、ぼくもすっかりElstar派に。軽い酸味とコクのある甘みのハーモニーが堪らない。それからはスーパーでElstarを見つけたら、袋買いするようになった。なお、ドイツの「袋買い」とは、一袋に30個くらい入っている。毎日その袋からリンゴを2~3個取り出して、カバンにしのばせて出社して、お昼ご飯の後とかに会社でシャクシャクと食べていた。また食べたいなあ。
フルーツや生野菜のデリバリーサービス
そんな間食大好きな人が多いドイツでは、フルーツや生野菜のデリバリーサービスが発達している。
僕が働いていた会社では、1週間のうち2日間、それらがバスケットに入って会社に配達されて、事務所の共有スペースのテーブルにポンと置かれていた。それを通りがかりの従業員が自由に取って食べる。
このデリバリーサービスは、とてもうまくできている。
スーパーで売れ残って古くなったフルーツや生野菜。これらは廃棄される運命。そういったフルーツを業者が回収して、契約している企業の事務所へ安価にデリバリーする。
これによって、スーパーとしてはたとえ安くても、売れ残りのものを販売できる。契約している企業は、安価に従業員の福利厚生を提供できる。そして何より、社会全体としてフードロスが削減できる。
街なかを「OBST」(くだもの)というロゴをつけた車がよく走っていて、それがこのデリバリーサービスをおこなっている車。うまくできたシステムだなあ、と思う。
ニンジンをかじるCEO
あと、このサービスにまつわる思い出がある。
会社の共有スペースで職場集会を開催していたときのこと。くだんのCEOが会社の経営状況について、みんなの前で熱弁を振るっていた。顔を真っ赤にしながら一生けんめいに受注高の推移やらを説明して、いかに自社の経営がうまくいっているか(=いかに自分の経営手腕が卓越して優れているか)を声高に主張している。
そんな演説しながら自分の優秀さをまくし立てている合間に。彼は熱弁をふるいながら、テーブルに置かれていたバスケットにツーッと近寄っていった。
そして、まるのままの人参を一本ひょいとつかんで、生でバリバリボリボリかじりながら、一生懸命にしゃべり続けている。片手に食べかけの人参を握りしめて。
日本だったら、即座に彼のあだ名は「馬」になるに違いない。
けれど、ドイツ人にはその姿が違和感ない様子で、みんな真剣な顔で話に聞き入っていた。日本ではなかなかお目にかからない不思議な光景だった。
まとめ
いかがだったでしょうか、ドイツ人の間食風景。
「ドイツ人は狩猟民族だから食いだめができる」という説を聞いたことがある。僕は狩猟民族と農耕民族の違いという説はアテにならないとは思っているものの、実際に現地で生活してみると、多くの人たちは「三食を決まった時間にまんべんなく食べることに意味を見出していない」ことを痛感する。
この食事事情を考えるにつけ、「自分にとっての当たり前は、人にとっての当たり前ではない」という世界の真実を突き付けられる思いになる。
by 世界の人に聞いてみた