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経営学グッドフェローズ④:語りから組織を問い直す、気鋭の理論家


埼玉大学大学院人文社会科学研究科
准教授 宇田川元一

 1. 変わらない組織をどう変えるのか?
 組織は、破滅した後に「あそこで変わっておけば」と当事者が振り返ることがあっても、危機を認識した瞬間に変えるという意思決定はできない。マクロ組織論の研究者としては失格であるかもしれないけど、僕はそう思っている。

 経営者が俊敏に環境を認識し、組織変革でそれを変えることが出来るだろうか。二重の意味できない。
 まず、人は自身の知識と体験の範囲でしか現象を認識できないのだから、一度でも成功体験があればピンチのときにそれと心中する。バカだと思うなかれ。どうすればわからない危機のとき、最も合理的な意思決定の基準は過去に蓄積してきた成功例だ。
 次に何らかの事情で経営者が危機を認識したとしても、部下がその危機を認識しているとは限らない。更に彼らは彼らで知識と経験を有しているのだから、たとえトップが変わっても過去の知識と経験からえた成功体験に固執する。
 じゃあ、部下が危機に気づき、経営者を動かすことは出来るか? もっとも無理筋だ。経営者は企業の最高責任者であり、絶大な経験を有している。その経営者が部下の箴言で変わるのなら、その経営者は放っといても危機に気づいて変わる。遅いか早いかの差だ。

「うちの従業員には危機感が〜」

「うちの社長は頭が固くて〜」

 新型コロナウイルスが感染拡大する前の新橋の飲み屋街では、こういう愚痴にあふれていました。

 せっかく語るなら、ちゃんと語ろうよ。それが組織を変える力になる。

 2010年代に、素朴だけど、力強い主張を掲げる中堅経営学者が現れました。宇田川元一先生です。

2. 伝統的な学説史研究の後継者 

 宇田川先生は、経営組織論と経営戦略論を縦横に行き来しつつ、欧米の先端的な批判経営学の論点から論考を重ねていく、経営学史研究を専門としてきました。2007年には経営学史学会賞を受賞された優秀な研究者です。

 宇田川先生は、組織とは、戦略とは、をナラティブ(語り)という視点から迫ります。
 組織とは何か? 組織図かというと、実際の現場では柔軟に運用されていることも多く、組織図は組織そのものではない。部長や課長や係長、人事部や営業部、経理部といった役職や職種の体系が組織かというと、役職や職種間の連携が無いと組織は機能しない。
 戦略もまた同じ。有価証券報告書や会議のプレゼン資料で書かれている内容は戦略でも有るが、戦略は組織として実行した事業内容の結果として捉えられる。
 
 ベストの組織構造や、最強の戦略、あるは組織と戦略の最適の適合関係を経営学が問うことが出来ないのは、組織や戦略は実行されている現在進行系の現象であるから。
 だから、組織分析や戦略分析ではなく、組織化、戦略化という現在進行系の現象をいかに把握し、分析していくのか、を考えていくのが経営学の目指すべき役割なのだ。そのために、人々がいかに組織化や戦略化を実践しているのかを、当事者の語りから把握していこう、というのが宇田川先生の主張です。

 戦後に経営学が輸入されたころ、米国からの研究を翻訳し、理解し、体系的に整理し説明していくという古き良き時代の研究スタイルを濃密に受け継ぎつつ、その目指すものは単に紹介するのではなく、経営理論そのものを刷新を目指す、まさに常に研究者に注目される、期待の若手研究者というのが、宇田川先生でした。


3. 現場への大転換
 そんな宇田川先生が、2019年に出版したのが『「わかりあえなさ」から始める組織論』でした。学説史研究、とくに批判経営学研究はまず自分自身を問い直し、次に経営学そのものを問い直していくことを必要とする学問領域です。その宇田川先生が、突如として、すべての経営者や従業員に向けて語り始めたのです。経営学界隈からすると、「えっ、何があったの?」と衝撃の大転換です。


 しかし、組織や戦略にナラティブから迫り続けた宇田川先生の研究経緯から考えると、これは全く自然な展開だと思います。
 

 研究者は組織や戦略を、「語られた」現象としてしか捉えられません。
 他方で現場の人々が担う組織化や戦略化は、現在進行形で「語っている」活動です。
 だとしたら、研究者もまた「語り合う」活動に介入していくことで、より良い経営の実現に貢献できるはずなのです。
 

 だから、宇田川先生は「わかりあえなさ」ことを前提に、語り合うことが組織や戦略を良い方向に変えていく力になりうることを強調していきます。
更には昨年、「2 on 2」という語り合う形式を提案する書籍を発表されました。1 on 1の話し合いだと、組織を変えるような力を持ちえない。会議形式だと、「語り合う」ことが成立しない。2 on 2というスケール感のちょうど良さ、さらにこの形式で行き詰まりを解決していくための「語りの場」の設計を、提案されています。

 純粋な学説史研究者から、現場への介入を目指し始めた宇田川先生は、いま一番ホットな、「イケている」研究者の注目株であると思います。まずは、宇田川先生の著書を手に取り、職場で語り合うことから、初めて見てはいかがでしょうか?


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