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夕暮れ時にゆっくり読みたい物語たち

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#リライト

夕闇に沈むモレの橋

夕闇に沈むモレの橋

「この絵の場所を知りませんか」

フォンテーヌ・アヴォンの閑散とした駅舎で、ぼくは息を切らしながら駅員に尋ねた。正確には、ガラケーに保存していたその絵の画像を差し出した。充電はもう残りわずかしかない。

聞き取れないはずのフランス語でも「知っている」と言っているのがわかった。彼は線路の下り方面を指さして、2つ先の駅で降りろとだけ教えてくれた。橋の詳しい場所までは、知らないようだった。

晩秋のパリ

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レモンドロップ

すずりに垂らした透明の水に、砥石をすっと挿す。

静かに正座し、背筋を正し、砥石でゆっくりと円を描き始める。かすれ声のような研ぎ音は透明度高く。脳はやさしく撫で回されて、麻痺を起こしていく。
透明の水が黄土色に染まっていく。どろどろと滲みだすこの色は、まるで膿のよう。

腐敗したようなその色は、水の渦にゆるりと巻かれ排水口へと吸い込まれていく。肺の内側の膿が小さくなって、その分少しだけ息がつけるよ

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近くて遠い、あなたと私。【#クリスマス金曜トワイライト】

近くて遠い、あなたと私。【#クリスマス金曜トワイライト】

私があなたを意識し出して、もうすぐ2度目の冬がきます。叶わぬ恋、ということは分かっていました。想い人のいるあなたが私に振り向いてくれる可能性なんて、万に一つもありはしないという事も。

それでも。

私は賭けてみたかったのです。あなたが私に振り向いてくれる、その万に一つ。いえ、億に一つの可能性に。

◇・◇・◇・◇

あなたの想い人が、私たちの勤める会社のビル1階で働いているのは知っていました。「

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【あなたを抱き寄せて、もう一度】 #リライト金曜トワイライト

【あなたを抱き寄せて、もう一度】 #リライト金曜トワイライト

人生の最後に誰を想い出すだろう。

僕の手を離れた、あの紙ヒコーキは、終わっていく時間と近づいてくる未来の中で、まだ漂っているのだろうか。想い出そうとしても、放物線を描いて飛ぶ紙ヒコーキの軌道から記憶は逸れてしまう。その追憶の先にあるのは、沈む夕陽に向かって佇む、あのヒトの小さく、柔らかく、悲しく、寂しげな後ろ姿だけだ。手を伸ばさなきゃ、と。いや、本当にそうするべきなのか、と。そう、逡巡しているう

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