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夕暮れ時にゆっくり読みたい物語たち

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2020年9月の記事一覧

思い出、道路に転がして

思い出、道路に転がして

小学…何年生の頃だったろうか。
2年…いや、3年生だったかも知れない。

クラスに転校生がやって来た。
先生がにこやかに彼の紹介をし、「じゃあ一言、あいさつを」と振ると、彼は挨拶をする代わりに私達をギリッと睨んだ。
強い黒目が白目の光を引き立たせ、短く濃いまつ毛の線が、眼球を際立たせていた。

──蛇。

人の目が蛇のそれに見えることがあるのだと、その時、初めて知った。

          丨

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もう一つの「わたし」

もう一つの「わたし」

最近、本名じゃないアカウントで発信する人の気持ちがなんとなくわかってきた。いいよね、もう一つのなまえ。

もう一つのなまえは、もう一つのことばをもっている。だから、もう一つの思考だし、もう一つの人格だから。フルスイングでくだらないことも言える。何より、もう一つの「わたし」には締切がないのだ。

じぶんが「じぶん」であることに疲弊する。じぶんが「じぶん」を消耗する。そんな時、もう一つのなまえにいのち

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【掌握小説】おなじ月をみている

【掌握小説】おなじ月をみている

電車の座席に沈み込むと、仕事の疲れとともに力が抜けた。

ああもう、休日出勤なんてするもんじゃない。炎上鎮火に使った脳みそが、電車のリズムに合わせてぐらぐらとゆれる。窓の外を流れる景色はすでに夕方。それでも、空に浮かぶ白い三日月が、まだ夜があるよと私に教えてくれる。

こんな日は、ちゃんとグラスを用意して、お気に入りのビールを注ぎたい。重い気分をぐっと受け止めてくれるような、苦みのあるやつがいい。

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