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また読み返したいnoteを集めた私のブックマーク的マガジン
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#短編小説

波よせる場所

波よせる場所

海へ向かう道を車で走らせる。窓を開ける。7月終わりの晴れた午後。乾いた風が髪を揺らす。フィアット500というこの車は可愛らしい姿だけど気持ちよい走りをする。
パパに買ってもらった。お父さんではないパパに。
街から郊外、田園地帯を抜ける。助手席には叔母さんの為に選んだシングルモルトとウイスキーグラスの包み、そして紅花を中心とした花束が座る。海に近付くと潮の香りが強くなる。叔母さんに会うのは五年振りぐ

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【小説】また一緒に良い仕事をしよう

【小説】また一緒に良い仕事をしよう

 全力で暇そうな感じを出す。それが城崎さんの仕事の流儀だった。

 発車ベルの鳴り響くホームに北風が抜ける。肩で息をしている間に動き出したのが向かい側の新幹線だったと気づくと、両足の重さが倍になった。革靴のかかとが今朝よりも少し擦り減ったのは、たぶん気のせいじゃない。

 会社を出たばかりだというのに、ホームから見上げた高層ビルが夜空の代わりに瞬きはじめている。さっきまでいたフロアを一瞥してから乗

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小説「ひかりとコアラといちまいごはん」

小説「ひかりとコアラといちまいごはん」

「あれ、乗ってきていい?」
 ほぼひと月ぶりに会ったひかりは公園に着くと、小声でどこか遠慮がちにささやいた。私は一瞬言葉につまった後、いいよ、とうなずく。ひかりは軽く手を添えていた私のアルミ製の松葉杖から離れた。細い両脚を重そうに運び、向かったのは、パンダの乗り物だった。まるっこく、垂れ目の頭の上に取っ手がついていて、乗るとおなかの下から伸びているばねが前後に動く乗り物。
 ひかりはこのパンダの乗

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もう、生きらんたてないいはあ。

もう、生きらんたてないいはあ。

※この記事は投げ銭制です。全文読めます。

診察机上のディスプレイに表示された今日の血液と尿検査の結果をみて、一瞬ふらつきそうになった。

腎機能、ナトリウム、尿たんぱく、ヘモグロビン…。とにかくあちこちの数値が、異常値を示す赤文字になっている。特に気になったのが腎機能だった。尿素窒素、クレアチニン、共に過去最悪の数値になっている。

主治医よりさまざまな説明を受けたが、かいつまむと、私のからだは

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やばいかもなあ、を、ごみ箱に捨てる。

やばいかもなあ、を、ごみ箱に捨てる。

朝、6時。いつもの時間、スマートフォンのアラームで目が覚めた。一度トイレに行って、また寝間に戻り、着替えをすませる。そのあと居間に行き、血圧測定、洗顔、そしてロールパンに野菜ジュースと飲むヨーグルトを混ぜた、いつもの朝食を食べる。

その時、ついテーブルの向かいの席を見た。というより、見てしまった。そして、ため息をついた。少し前からなるべくつかないようにしようと決めていたのにはやくもやってしまった

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ピアス

ピアス

ベッドルームに落ちていたピアスを拾った。濃い紫と淡い紫が混じりあった小さな宝石がシャラシャラと揺れるピアス。

指でつまんで陽にかざしたら、キラキラ光った。

私のピアスじゃないピアス。

見たことのないピアス。

そっと口にふくんだ。

優しく舌で転がすと、舌触りが悪かった。

口から出して、手の上に乗せたら、私の唾液でもっとキラキラ光った。

綺麗だ。

キッチンからガラスのグラスをとってきて

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「言葉は、必要ですか?①〈side.S〉」

「雨、降ってきたね」

 誰だったかは忘れてしまったけれど、部屋にいた誰かの言ったその言葉で、窓の向こうの細かに降る雨の音に気付いた。

 その部屋にいるのは男女合わせて七人。女性は私を含めて三人だ。全員がかつて同じ小学校に通っていた同級生で、揃うのは卒業以来はじめてのことだった。

 久し振りに昔馴染みで集まりたい、と有紀から連絡を受けて、私はいま彼女の住むマンションにいた。上司の冷たいまなざし

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