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さて、今から語られるのは、カザミという名前の麗しき女性と、彼女を好きになった哀れな吸血鬼……つまりは俺自身の物語だ。 吸血鬼が登場するからといって、本作は、血なまぐさいホラー小説でも、吸血鬼ハンターと死闘を繰り広げるアクション巨編でもない。だから陰惨な人殺しやグロテスクな展開を懸念している方は安心してほしい。そしてそれを期待していた方はご容赦いただきたい。 さて、本題に入ろう。 十年ほど前、俺と姫君であるカザミは「血の契約」を交わした。「血の契約」とは、カザミが
例年より早めの桜が咲いた、三月の終わり。 春休み中に自宅でゲームをしていたら、机の上の携帯電話が鳴った。見覚えのない番号だったけど、出てみたら聞き覚えのある声がした。 「澤田です。これって柿山くんの番号だよね?」 「澤田って、あの澤田さん?」 誰なのかはすぐにわかったけど、あまりに想定外な相手だったので、僕はしどろもどろになって聞き返してしまった。 「あなたの隣の席にいた澤田です、って言えばわかるかな?」 電話の向こうでクスクスと小さな笑い声が聞こえた。ど
このところ、毎日のように、ふしぎな夢を見ている。 最初は見知らぬ女性が目の前に現れて、魅力的な笑顔で僕に話しかけてきたところで目が覚めた。それからは眠る度に彼女の夢を見るようになり、僕たちはこの現ならぬ世界で、二人きりの時間を過ごすようになった。 夢の舞台は決まって、今住んでいる場所の近所にある夜の公園だった。僕はブランコに乗っていて、隣を見るといつも彼女がいた。そして目が合い、「また今夜も会えたね」とほほ笑んでくれるのだ。 現実の世界で奥手な僕にとって、これは
作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第7話 主演女優 夏休みが終わって新学期が始まり、すぐ先には文化祭が控えていた。 そんな中、僕には美術部の展示以外にも、文化祭で発表したい作品があった。それは中学時代からずっと実現したかったこと。すなわち、自主制作映画の上映会だった。 去年は女優が見つかりそうもなかったので、初めから登場人物はすべて男にして脚本を書いた。だけどそれが裏目に出たのか、誰も映画制作に興味を示さず、最後まで制作メンバーが揃わなかった
作:元樹伸 第14話 衝突 学校に戻り、正門をくぐるとすでに放課後だった。その足で林原のクラスにむかったけど、奴は教室を出た後だった。 学内を探しても見つからず、電話で呼び出そうと考えた頃には少しずつ頭が冷えてきた。林原を殴って何になるのか。そんなことをしても安西さんに迷惑をかけるだけじゃないか。 何もする気が起きないまま、いつもの習慣で美術室に行くと手嶋さんがいた。彼女はキャンバスにむかって絵を描き続けていた。案の定、こちらには見向きもしてくれない。集中してい
作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第15話 転機 翌日、美術室に行くと手嶋さんと安西さんがいた。二人は隣同士で並んで座り、同じヘルメス像を描いていた。安西さんの絵はいつも通り繊細で、手嶋さんの絵は不器用だけど力強かった。 「その顔、どうしたんですか?」 安西さんが口元の絆創膏を見て驚いた。昨日、手嶋さんが貼ってくれたものだ。 「ヘンなのに絡まれちゃってさ」 本当はヘンな自分が林原に絡んだからだけど、事情を知る手嶋さんが口をはさむ様子はなか
作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第16話 恋愛の先輩 午後五時。僕たちは打ち上げ会場のファミレスに入ると、ひとつのテーブルを囲んで座った。僕のむかいには手嶋さん、そして隣には安西さんが腰を下ろす。いつもはひとりでいるテーブル席も、四人で座るとかなり手狭に感じた。 メニューを手にとり、簡単な料理と全員分のドリンクバーを注文した。 ドリンクコーナーにむかった寺山がすぐに戻ってきて、黒い液体入りのグラスをテーブルの上に置いた。グラスの中身はコーラか
作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第17話 暗雲 文化祭が二週間後に迫っていた。編集作業も佳境に入り、映画がちゃんと完成するかどうかは、僕の体力とやる気にかかっていた。 鞄を背負って教室から出ると、廊下に林原がいた。 「よお、元気か?」 どうやら彼は僕を待っていたみたいだった。 「何か用か?」 前にあんなことがあったので、つい刺々しい態度になった。 「そうだな、まずは謝るわ。この前は殴っちまってすまん」 林原が頭を下げた。周りの
作:元樹伸 本作の第1話はこちらです ↓↓↓↓↓↓ 第18話 悲劇 部活の名簿にあった住所を頼りに手嶋さんの家へむかった。彼女が住んでいるのは集合住宅の五階だけど、エレベーターがないので階段を使った。 林原がインターフォンを鳴らすと、少し間があってから声がした。 『誰ですか?』 「美術部の河野です。手嶋さんだよね?」 林原に急かされてマイクに話しかけた。 『トン先輩、何で?』 元気のない声だけど、手嶋さんに違いなかった。 「ずっと休んでるから心配に
作:元樹伸 第19話 覚悟 救急車が病院に到着し、手嶋さんは治療室に収容された。同乗していた僕は酷い頭痛と耳鳴りに襲われていて、廊下の椅子に座ったまま動けなくなっていた。 「君も少しベッドで休むか?」 当直の若い先生が来て僕を気遣ってくれた。羽織っている白衣には「研修医」と書かれたバッジが付いていた。 「……すみません、大丈夫です」 「これでおでこを冷やすといいよ」 研修医さんは横に座って小さな保冷材をくれた。 「手嶋さんは大丈夫ですか?」 「発見が早
作:元樹伸 第20話 新しいシカク あれから一週間が経ち、映画が完成した。でも試写会に安西さんと手嶋さんの姿はなく、会場には僕と寺山しかなかった。 「まあ、完成してよかったよな」 試写会が終わって席を立つ時、隣にいた寺山がねぎらってくれた。 「ここまでやってこれたのは、みんなのおかげだよ」 「その腕はまだ治らないのか?」 包帯で固定された僕の腕を見て寺山が聞いた。病院の屋上で手嶋さんを助けようとした時に痛めてしまい、医者には全治二週間だと言われていた。
作:元樹伸 突然だけど、映画館の座席表を思い出してほしい。左右の壁際にペアシートがあることがわかるだろう。通路と壁に挟まれたこの場所にカップルで座れば、隣に他人が座ることもないので二人だけの空間が作れる。 僕は映画を観るとき、必ずこのペアシートを予約するようにしている。だからといって彼女はいないし、知人と行くわけでもない。ただ隣に知らない人がいると映画に集中できないので、両方予約してしまうことでプライベートな空間を確保していたのである。 「空席を予約するなんて迷惑な
作:元樹伸 これは近い未来のお話。 とある地方都市の一角にAI、つまり人工知能を搭載した人型ロボットとお酒が飲めるロボットバーが開店した。 普通のバーならお客のテーブルに女の子が来るのが普通だが、このお店では、指名した子の席まで客が移動するシステムになっている。 何故ならロボットである彼女たちには腰より下がないので移動ができない。当然ながら、他のお店のように彼女たちをデートに誘うこともできなかった。 ロボットバー、オープンの初日。 開店と同時に来店した
『タイムリープ忘年会』 作:元樹伸 第一話 忘年会の誘い 年の暮れになって、久しぶりに高校時代の友人から電話があった。年末に部活OBの忘年会があるという。平成元年の今年は、成人したばかりの後輩たちも参加してくれるらしい。 「つまりは松田も来るってことだ」 幹事を務める同期の真関くんが、電話口で含みのある言い方をした。 「へぇ」 動揺していることを勘ぐられたくなくて、気に留めないそぶりで相槌を打ってみせた。けれど僕の気持ちはすでに過去へとタイムスリップしてい