連載小説|恋するシカク 第16話『恋愛の先輩』
作:元樹伸
本作の第1話はこちらです
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第16話 恋愛の先輩
午後五時。僕たちは打ち上げ会場のファミレスに入ると、ひとつのテーブルを囲んで座った。僕のむかいには手嶋さん、そして隣には安西さんが腰を下ろす。いつもはひとりでいるテーブル席も、四人で座るとかなり手狭に感じた。
メニューを手にとり、簡単な料理と全員分のドリンクバーを注文した。
ドリンクコーナーにむかった寺山がすぐに戻ってきて、黒い液体入りのグラスをテーブルの上に置いた。グラスの中身はコーラかアイスコーヒーか。
でも彼はニヤニヤしているので、そのどちらでもない可能性が高かった。
「これ飲んでみ」
「死にたくないから嫌だ」
罠に違いないのですぐに断った。何故ならこれはチャンポンドリンク。おそらく寺山は様々な飲み物を適当に混ぜて持ってきたのだ。絵具もそうだけど、色というのは混ぜれば混ぜるほど黒に近づく。この飲み物はまさにそれを体現していた。
「じゃあ手嶋にやるよ」
「いりません」
標的を変えるもすぐに撃沈した寺山は、今度こそと安西さんを見た。
「安西は飲んでくれるよな?」
断れ、断るんだ。僕は心の中で呪文を唱えた。しかし魔法は効かず、安西さんは「じゃあ少しだけ」と言って寺山の罠に手をのばした。
「ちょっと待った。そうはいかないぞ」
僕は寺山からグラスをひったくり、謎の黒い液体を一気に飲み干した。予想通り不味くてむせたけど、さいわい死には至らなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
安西さんがハンカチを出して僕の口を拭ってくれた。その様子を見ていた手嶋さんが「じゃあ今度は私が行ってきます」と宣言して立ち上がり、つかつかとドリンクコーナーに歩いていった。
嫌な予感がしたけど、戻ってきた彼女が手にしていたのは透き通ったソーダ水で、グラスにはご丁寧にストローが刺さっていた。
「なんだ、普通かよ」
寺山がつまらなそうにぼやいた。手嶋さんは毒見のごとくそれを一口飲んでから「今度のは死なないやつです」と言って差し出した。でも安心してストローを咥えたら「これって間接キスですね」と彼女が呟いたので、僕は口に含んだものを全部吹き出してしまった。
「汚いなぁ……」
ソーダ水のしぶきを浴びた手嶋さんに睨まれた。
「手嶋さんのせいだろ? 間接キスとか言うからだよ」
「だって事実じゃないですか」
いつもの軽いノリで揉めていると、安西さんがグラスからストローを抜いて残りのソーダ水を一気飲みした。
「おお、いい飲みっぷり!」
寺山が能天気に騒いだけど、手嶋さんも安西さんも笑っていなかった。
「ごちそうさまでした」
グラスを空っぽにした安西さんが手嶋さんの目を見て言った。
手嶋さんは彼女から視線を逸らして「用事を思い出したので帰ります」と言い残し、鞄を手にお店から出て行ってしまった。
「手嶋のやつ、突然どうしちゃったんだ?」
意味がわからないと言って寺山が頭を掻いた。だけど手嶋さんはこの短い時間で、僕と安西さんの間に起きた微妙な変化を感じ取っていたのかもしれなかった。
打ち上げの帰り道、寺山と別れて安西さんと二人きりで歩いていた。すれ違う学生たちがこちらを振り返り、彼らの表情はいずれも「何であんなに冴えない奴があんな可愛い子と歩いているのか」という気持ちを物語っているように見えた。
「安西さん、付き合ってください」
すっかり日が落ちた頃、僕は通り道の公園で彼女にむかって告げた。
「でも手嶋さんにはなんて言うんですか?」
少し先を歩いていた安西さんが振りむいた。どうやら彼女は手嶋さんの気持ちを知っているみたいだった。
「手嶋さんには、ちゃんと話すよ」
「私もその方がいいと思います。もし私が手嶋さんなら、思わせぶりな態度をとられるより、傷ついても教えて欲しいから」
彼女は外灯が落とす光の輪から外れてこちらに歩み寄ると、闇の中にいる僕の手をぎゅっと握りしめた。
「先輩は悪くありませんから。もし罪悪感があるなら私も一緒にその罪を被ります。だから手嶋さんにちゃんと伝えてあげてください」
「安西さん……」
「そしてもう……私以外の子と間接キスなんてしないでくださいね」
安西さんが小さくふてくされて言った。彼女は年下だけど、やはり恋愛については、僕なんかよりもずっと先輩のようだった。
つづく