連載小説|恋するシカク 第7話『主演女優』
作:元樹伸
本作の第1話はこちらです
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第7話 主演女優
夏休みが終わって新学期が始まり、すぐ先には文化祭が控えていた。
そんな中、僕には美術部の展示以外にも、文化祭で発表したい作品があった。それは中学時代からずっと実現したかったこと。すなわち、自主制作映画の上映会だった。
去年は女優が見つかりそうもなかったので、初めから登場人物はすべて男にして脚本を書いた。だけどそれが裏目に出たのか、誰も映画制作に興味を示さず、最後まで制作メンバーが揃わなかった。だから今年の最重要課題はキャスティング。もっと言えば主演女優の確保。去年は最初から諦めていたけど、今年は脈のありそうな人がいたのですぐに頼んでみた。
「絶対に無理です!」
「ほんのちょっとでいいんだ。脚本が気に入らなければ直すし」
何度も頭を下げたけど、手嶋さんは断固として譲らなかった。
「いくらトン先輩の頼みでも、トラウマ系だからダメなんです!」
「トラウマって?」
「それは幼稚園の時に木の役をやって……」
彼女の顔が辛そうにゆがんだ。
「うぅ……悲惨な過去を思い出しちゃったじゃないですか!」
「ごめん、悪かったよ」
頼みの網がダメとなると幸先は暗い。それでも諦めずに演劇部を訪問して女子部員に出演を交渉してみたけど、誰も引き受けてはくれなかった。
「今年も協力してくれそうなのは寺山だけか……」
脚本の執筆を前に、去年と同じ高い壁が立ちはだかっていた。意気消沈して美術室に戻ると、安西さんが石膏像を前に鉛筆でデッサンをしていた。彼女はあの体育祭以降、約束通り部活に出てくるようになっていた。何気なく彼女のキャンバスを覗くと、繊細なタッチのヘルメスが描かれていた。
「安西さんは上手だね。じつは直子先輩も上手かったのかな」
少し興味があったので聞いてみると、安西さんの表情が暗く曇った。
「知りません、幽霊部員だったお姉ちゃんと私はぜんぜん違いますから」
「あ……そうなんだ」
彼女がいきなり不機嫌になったので戸惑った。でもこんなに感情を晒す安西さんを見たのは初めてかもしれなかった。
「手嶋さんから聞いたんですけど、映画を作っているんですか?」
バツが悪くなったのか、安西さんが話題を変えて言った。
「実は文化祭で上映しようと思ってるんだ。でも女優さんが全然見つからなくて」
何となく事情を口にしてから、すぐにしまったと思った。今の言い方だと遠まわしに出演を打診しているように聞こえたかもしれない。日常的にセクハラをしてくる手嶋さんならまだしも、あまり親しくない後輩にそんなことを頼むなんて。すごく図々しいし、先輩の権限を利用したパワハラだと思われるかもしれないじゃないか。
「だからって安西さんに出てほしいとか、そういう意味じゃないからね」
すぐに弁解したけど、今度は嫌がっているような言い方になってしまった。自分が情けなくて、穴があったらすぐにでも入りたかった。
「あ、いや、今のは決して出てほしくないって意味じゃなくて……」
あたふたしている僕を見て、安西さんが「フフッ」と笑った。
「脚本は先輩が書いてるんですか?」
「え? まぁ一応……」
そんなやり取りを皮切りに、安西さんから映画制作についての質問が始まった。会話は予想以上に盛り上がり、僕が女の子とこんなに楽しく話が続いたのは、これが生まれて初めてかもしれなかった。
「安西さんは映画作りに興味があるの?」
「本当は先輩たちが映画を作るって聞いて、楽しそうだなって思ってたんです」
風向きが変わっていた。もし安西さんが映画に出演してくれるなら、きっと素晴らしい作品ができるだろう。彼女を映画に誘うなら今しかないと思った。
「安西さん、是非とも君に映画に出て欲しいです!」
「私がですか?」
僕からの出演オファーに、安西さんが驚いた。
「安西さんが協力してくれれば、間違いなく良い作品になると思うんだ」
手嶋さんに断られた今となっては、美術部二人目の女神である安西さんだけが最後の希望だった。
「じゃあ……決めるのは脚本を読んでからでもいいですか?」
「えっ、出てくれるの?」
「まだわかりませんけど、内容を見てから決めさせてください」
安西さんの映画出演。もしそんな夢みたいな状況が現実になれば、これまで僕と彼女との間にあった厚い壁も崩せるかもしれないと思った。
つづく
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