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掌編小説|『予約した席』

作:元樹伸

 突然だけど、映画館の座席表を思い出してほしい。左右の壁際にペアシートがあることがわかるだろう。通路と壁に挟まれたこの場所にカップルで座れば、隣に他人が座ることもないので二人だけの空間が作れる。

 僕は映画を観るとき、必ずこのペアシートを予約するようにしている。だからといって彼女はいないし、知人と行くわけでもない。ただ隣に知らない人がいると映画に集中できないので、両方予約してしまうことでプライベートな空間を確保していたのである。

「空席を予約するなんて迷惑な話だ」

 中にはそう感じる人もいるだろうけど、僕はペアシートの片方が埋まっていれば、その隣を予約する人はほとんどいないと思っている。それに万一のことを考えてドキドキしながら上映時間を待つのが嫌なので、誰にも邪魔されない安心感をお金で買うことにしていた。

 その日は、数カ月前から楽しみにしていたホラー映画を観に行った。映画館はあまり混雑していなくて、ペアシートの確保に成功した。

 トイレを済ませて飲み物を購入し、予告編が始まる五分前に着席する。これで準備は万端。あとは期待を胸に上映を待つだけだと思っていたとき、空けていた通路側の席に誰かが腰を下ろした。

 チラッと見た印象では僕より年上。とても綺麗な人だった。席を間違えているのだろうか。もしくは自分の勘違いかもしれないので、購入したチケットの席番号を確認した。だけどここで合っているみたいだ。

「すみません、座席を間違っていませんか」

 映画が始まると周りの迷惑になるので今のうちに尋ねた。すると彼女はこちらを向いて「いいえ、ここで合ってますよ」と笑顔で答えた。

「チケットを確認してもらってもいいですか。僕のはこれです」

 証拠として購入したチケットを二枚とも見せると、彼女が小さく笑った。とても笑顔が可愛らしい人だった。

「おひとりさまなのに、本当に二枚買って観に来てるんだね」

 まるで旧来の友人に話しかけるような、そんな砕けた調子で彼女が言った。だけど考えてみたら失礼な話なので、「だったら何ですか?」と仏頂面で答える。そうしたら彼女は何故か、フフッと笑った。

「もし良ければ、ここで一緒に観てもいいですか?」

 彼女が映画のスクリーンに目を向けたまま言った。一体どういうつもりなのかわからない。新手の美人局や何かの勧誘活動か。なのに僕は、「別にいいですけど……」と首を縦に振ってしまった。

 上映中は一度も彼女の方を振り返らなかった。気配も感じなかった。スタッフロールが流れきり館内が明るくなって横を見ると、女性の姿はなかった。でも椅子の上に小さなメモが残されていた。

『彼女さんができたら、いっぱいデートしてあげてくださいね』

 これまた失礼だと思って、文句を言おうと辺りを見回して彼女を探した。だけどどこにも見当たらず、僕は狐につままれたような気分で映画館を後にした。

 あれから一年後、僕にも恋人ができた。彼女は通っている大学の研究員で、これまでは研究設備のある海外で仕事をしていたのだという。

「どんな研究をしているの?」

「ごめんね。それは秘密なの」

 具体的な内容は教えてもらえなかったけど、彼女のチームが行っている研究は、今の常識では夢物語と思われている技術の実現化だという。

「これまではね、おひとりさまでも二人分の席を予約してたんだ」

 スマホでチケットの予約を済ませると、彼女に自分の過去を語った。
「どうして?」と聞かれて、僕は未来という名の過去の記憶を振り返った。

『彼女さんができたら、いっぱいデートしてあげてくださいね』

 秘密だと言われたけど、僕には何となく彼女がどんな研究をしているのかわかっていた。何故なら今から二年前、僕はすでに今より少しだけ年を重ねた彼女と出会っていたのだ。

「それはたぶん、君と出会うためだったんだと思う」

 研究は最終段階に来ているらしく、彼女は来月になったらまた海外に行ってしまう。そして今度はいつ戻って来られるかわからないという。

 だから僕は時間の許す限り、これからも彼女とのデートを繰り返す。
 
 だってそれが、未来の君が僕に残した唯一の願いだったのだから。

おわり

最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。

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