掌編小説|『アイのいる店』
作:元樹伸
これは近い未来のお話。
とある地方都市の一角にAI、つまり人工知能を搭載した人型ロボットとお酒が飲めるロボットバーが開店した。
普通のバーならお客のテーブルに女の子が来るのが普通だが、このお店では、指名した子の席まで客が移動するシステムになっている。
何故ならロボットである彼女たちには腰より下がないので移動ができない。当然ながら、他のお店のように彼女たちをデートに誘うこともできなかった。
ロボットバー、オープンの初日。
開店と同時に来店した客がアイちゃんを指名して、「まるで本物の人間じゃないか」と感嘆の声をあげた。
「彼女とお話をしてもらえればもっと驚くと思いますよ。ただ精密機械なのでお触りだけはご遠慮ください」
ウエイターを兼任しているオーナーが、客への挨拶を交えながら得意げに言った。
「アイといいます。今日はご指名いただき、ありがとうございます」
「それにしても良くできている。科学の進化に乾杯だな」
客はアイちゃんの上半身を舐めるように眺めながらグラスを口に運んだ。
「嫌だわ、そんな風にジロジロ見られたら恥ずかしいじゃないですか」
アイちゃんが恥ずかしそうにして言った。
「へぇ、俺が君のどこを見ているのかも理解できるのか」
「目にセンサーが付いていて、お客様の視線がどこを向いているか感知できるんです」
「それはすごいな。でもロボットだからお酒は飲めないんだろ?」
「いいえ、私たちはお酒を飲んだ量に応じて酔いレベルが上昇するように設定されています。このレベルが上がるほど、お客様は私たちとより刺激的で色っぽい会話が楽しめるようになるんですよ」
「そうやって酒をどんどん注文させて、客から金をむしり取る気だな。まるでゲームの課金システムのようだ」
「はい。おっしゃる通り、ゲーム感覚で楽しんでいただけるんです」
「うむ、悪くない。生身の人間が相手だと気を遣ってしまう俺のようなタイプにはもってこいの店だ。しかし、ロボットに酒なんか飲ませて本当に大丈夫なのか?」
テーブルにお酒を持ってきたオーナーに向かって客が聞いた。
「ご心配なく。この子たちが飲ませていただくのは、ロボット用のアルコール燃料ですから」
閉店後。接客をしていた女の子たちが次々と立ち上がり、椅子の内部に隠していた脚をあらわにして背伸びをした。
「みなさん、お疲れさまでした。この調子で明日も頼みますよ」
オーナーがバイトで雇った人間の女の子たちをねぎらった。
「でもさすがに同じ姿勢で何時間も座ったままだと疲れちゃう」
アイちゃんが自分の太ももを揉みながら言った。
「そうね、ロボットのふりって思ってたよりきついかも」
他の子たちも口々に愚痴を漏らした。
「でも大繁盛でしたよ。この調子ならすぐにギャラも上がりますから、慣れるまで少しだけ辛抱してください」
オーナーは女の子たちをなだめながら、これなら本物のロボットの方が扱いやすそうだ、と心の中で文句を言った。
「ならもう少しだけがんばろうかな」
数ある仕事の中で、どうして彼女たちがこの仕事を選んだのかといえば理由があった。水商売なら高給が望めるし、ロボットなら客に交際を迫られることもないので、キャバクラ勤めやホステスよりも仕事と私生活をわけられるという利点があったのである。
「でもあんな簡単に客を騙せるとは思わなかったな」
アイちゃんがテーブルを片付けながら言った。
「それだけ世の中の技術が進化しているってことです。ロボットはもう未来じゃない、現実なんですよ」
オーナーがカウンターの奥でグラスを磨きながらほくそ笑んだ。
「じゃあオーナー、また明日ね」
「くれぐれもお客さんに見つからないように帰ってくださいよ」
オーナーに注意されてから女の子たちが外に出ると、さっきまで店にいた客のひとりが姿を現した。どうやら待ち伏せをしていたみたいだった。
「思ったとおりだ、やっぱり人間じゃないか。散々課金させやがって。客を騙すとはいい度胸だな!」
彼は脚がついているアイちゃんを指さしながら、千鳥足でわめき立てた。
この噂はSNSであっと言う間に広がって、ロボットバーは開店早々にも関わらず、すぐに潰れてしまった。
「やはりそんな簡単にはいかないか」
オーナーは無人のカウンターに腰かけて、グラスを片手にひとりごちた。
研究所から逃げ出してきたのはいいけれど、この世界で生きていくのは思ったより大変そうだ。
そうして彼はグラスに注いだ本物のアルコール燃料をちびりちびりとやりながら、次はどんな方法で人間を利用してやろうかと、自前のAIを使って物思いに耽った。
おわり
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。