マガジンのカバー画像

小説(しょうせつ)

50
noteに掲載している小説や脚本をまとめたマガジンです。
運営しているクリエイター

#ショートショート

掌編小説|『噛みつき魔(承の巻)』

 さて、今から語られるのは、カザミという名前の麗しき女性と、彼女を好きになった哀れな吸血鬼……つまりは俺自身の物語だ。  吸血鬼が登場するからといって、本作は、血なまぐさいホラー小説でも、吸血鬼ハンターと死闘を繰り広げるアクション巨編でもない。だから陰惨な人殺しやグロテスクな展開を懸念している方は安心してほしい。そしてそれを期待していた方はご容赦いただきたい。  さて、本題に入ろう。  十年ほど前、俺と姫君であるカザミは「血の契約」を交わした。「血の契約」とは、カザミが

掌編小説|『エイプリルフール』

 例年より早めの桜が咲いた、三月の終わり。  春休み中に自宅でゲームをしていたら、机の上の携帯電話が鳴った。見覚えのない番号だったけど、出てみたら聞き覚えのある声がした。 「澤田です。これって柿山くんの番号だよね?」 「澤田って、あの澤田さん?」  誰なのかはすぐにわかったけど、あまりに想定外な相手だったので、僕はしどろもどろになって聞き返してしまった。 「あなたの隣の席にいた澤田です、って言えばわかるかな?」  電話の向こうでクスクスと小さな笑い声が聞こえた。ど

掌編小説|『予約した席』

作:元樹伸  突然だけど、映画館の座席表を思い出してほしい。左右の壁際にペアシートがあることがわかるだろう。通路と壁に挟まれたこの場所にカップルで座れば、隣に他人が座ることもないので二人だけの空間が作れる。  僕は映画を観るとき、必ずこのペアシートを予約するようにしている。だからといって彼女はいないし、知人と行くわけでもない。ただ隣に知らない人がいると映画に集中できないので、両方予約してしまうことでプライベートな空間を確保していたのである。 「空席を予約するなんて迷惑な

掌編小説|『アイのいる店』

作:元樹伸  これは近い未来のお話。  とある地方都市の一角にAI、つまり人工知能を搭載した人型ロボットとお酒が飲めるロボットバーが開店した。  普通のバーならお客のテーブルに女の子が来るのが普通だが、このお店では、指名した子の席まで客が移動するシステムになっている。  何故ならロボットである彼女たちには腰より下がないので移動ができない。当然ながら、他のお店のように彼女たちをデートに誘うこともできなかった。  ロボットバー、オープンの初日。  開店と同時に来店した

掌編小説|『傘子さん』

作:元樹伸  千晶が通う小学校の通り道には、朝子さんがいます。  朝子さんは黄色い旗を手に、いつも横断歩道を渡る千晶たちの安全を守ってくれていました。  でも彼女はいつもしかめ面で、小学生たちから怖がられていました。  それに彼女は晴れた日でも赤くて小さな傘を腰にぶら下げていたので、みんなからは朝子さんではなく、傘子さんと呼ばれていたのです。 「今日も傘子さんがいるぞ」 「こら、悪ガキども!」  男の子たちが面白がってからかうと、傘子さんは顔を傘みたいに真っ赤に

掌編小説|『古ぼけた社則』

作:元樹伸  ある時、会社の設立と同時に入社した女性社員が、急にやめたいと言い出した。でも彼女は真面目で仕事ができる人だったので、社長としては引き留めたかった。そこで彼は女性社員と面談をして、理由を聞くことにした。 「考え直してはもらえないだろうか?」 「それは無理です」 「なら理由だけでも教えてほしい」 「言いたくないと申し上げたはずです」  女性社員は頑なだったが、社長は根気強く彼女を説得しようとした。 「もちろん聞いたことはここだけの話にする。しかしこれま

掌編小説|『地球最期の日』

作:元樹伸  二〇XX年、某日。  早朝に僕を叩き起こした母親が「これを見て!」と、テレビの電源を入れながら言った。テレビでは報道番組が放送されていて、『地球滅亡までのカウントダウン』というテロップが大きく表示されていた。 「これってどういうこと?」  詳しい情報を求めて携帯端末でニュースを確認する。どこも地球滅亡の記事が話題を独占していた。  有識者による研究チームの発表によれば、地球に小惑星が衝突するのは今から数時間後だという。被害は甚大かつ壊滅的で、上空や地下

掌編小説|『湯本さんの番台』

作:元樹伸  年の暮れに大事な用事ができたので、久しぶりに地元まで戻ってきた。  懐かしい田舎の駅に降り立ち、目的の場所まで歩きながら街並みを眺めていると、遠くに長い煙突が見えた。あれは昔ながら銭湯、湯本の湯。当時、賃貸で家にお風呂がなかった少年期の僕は、いつもこの銭湯に足しげく通っていた。  今から十五年前の夏。  時代はまだ昭和で、僕はちっぽけで負けん気の強い小学五年生だった。  その日は学校で水泳があり、授業の前半は女子がプールを使って、途中から男子と入れ替わる

掌編小説|『一途な恋』

作:元樹伸  つい先日まで探偵の仕事をしていた。ところが浮気調査をしている最中に思わぬ事故に遭い、俺は仕事を続けられない身体になってしまった。  しばらくは絶望に駆られて寂れた街を彷徨い続けた。だがそんな時、俺はあの子を見かけたことで、生きる望みを取り戻した。  彼女はちょうど一人で買い物に来ていて、俺はその姿を遠くで眺めながら、今すぐにでもお近づきになりたいと思った。だけど俺と彼女は月とすっぽん。提灯に釣り鐘。こんなに醜く汚らしい男が、あんなに可憐な女性と釣り合うわけ

掌編小説|『らぶれたー』

作:元樹伸  書道部の六条先輩にラブレターを書こうと思った。  最初はスマホでメッセージを送るつもりだったけど、先輩のアドレスを知る方法がなかったので断念した。それに彼女は高校生になった今も、自分の携帯電話を持っていないという噂があった。  夜になって親からもらった便箋を机に広げてみたけど、どんな風に書き出せばいいのかわからず途方に暮れた。残念ながら文才など持ち合わせていないので、彼女の心を動かせる感動的な文章を書く自信もなかった。かと言って直接告白するなんて恥ずかしく

掌編小説|『寿命タイマー』

作:元樹伸  ボクはその日、知ってしまった。  世の中に流通している家電の寿命はすべて決められている。どうやら製造メーカーが寿命タイマーというものを仕組んでいて、その期間で必ず壊れるように設定されているというのだ。  でもこんな謀略が許されていいわけがない。だからボクはさっそく、このスマホをつくっている会社の窓口にクレームの電話を入れた。 「スマホに寿命タイマーを仕込んでいるなんて酷い話だ。今すぐにでも取り除いてほしい」 「お客さま、当社の携帯電話にそのようなものは