掌編小説|『一途な恋』
作:元樹伸
つい先日まで探偵の仕事をしていた。ところが浮気調査をしている最中に思わぬ事故に遭い、俺は仕事を続けられない身体になってしまった。
しばらくは絶望に駆られて寂れた街を彷徨い続けた。だがそんな時、俺はあの子を見かけたことで、生きる望みを取り戻した。
彼女はちょうど一人で買い物に来ていて、俺はその姿を遠くで眺めながら、今すぐにでもお近づきになりたいと思った。だけど俺と彼女は月とすっぽん。提灯に釣り鐘。こんなに醜く汚らしい男が、あんなに可憐な女性と釣り合うわけがなかった。
それでも翌日になると衝動が湧き上がり、また会えるかもしれないという希望を胸に、同じ場所へと向かってしまっていた。彼女は今日も買い物に来ていて、俺が行くと品物を抱えて店から出てくるところだった。
昨日はこうして遠くから眺めるだけだったが、今日は思いきって彼女の後をついて行ってみることにした。尾行はこれまでもずっと仕事でやってきたので、絶対にばれない自信があった。
できるだけ距離をとったまま、ゆっくりと女性の後ろをついて行った。昔取った杵柄で気づかれることもなく、俺は彼女の家を突き止めることに成功した。
女性が入って行ったのは小さなボロアパートで、彼女はその2階に住んでいるようだった。しかし建物はまったく手入れがなされておらず、腐った木製の壁には野生の蔦が絡みついて、さながら化け物屋敷のようにも見えた。
あんなに美しい女性がこんな所に住んでいるのだと思うと意外だった。だがそんな人なら、俺のような醜い男を受け入れてくれるかもしれなかった。
それからしばらくの間、アパートの近くをうろついて周辺の様子を伺っていた。やがて日が暮れてきたので、おそらく彼女は明日になるまで外に出てくることはないだろうと思った。
このままいても仕方がないので立ち去ろうとした時、彼女の部屋のドアが開いて見知らぬ男が出てきた。しかも彼の手には重そうなライフル銃が握られていた。その後ろにはあの麗しき女性の姿もあった。
「あいつよ、あいつが壁の外側をずっとついて来たの!」
女性が有刺鉄線の付いた金網の外にいる俺を指さして叫んだ。つまり尾行はばれていたらしかった。探偵としての腕が鈍っている。やはり、あの出来事の後で探偵を引退した俺の判断は正しかったようだ。
彼女に背中を押された男が、物凄い剣幕でこちらに近づいてきた。探偵だった頃ほど頭の回転は良くないけれど、思うに彼は女性のパートナーのようだった。
それでも自分の想いは変わらなかった。もし彼女に恋人や夫がいたとしても、そんなことは関係なかった。だから俺は銃を恐れるどころか、男に向かって歩き出していた。理解し合えないことは承知していたので、自分なりのやり方で彼と決着をつけるつもりだった。
「こんなところまでノコノコとやって来やがって!」
ドンッ。
近づいてきた男が金網越しに銃口を向けていきなり発砲した。弾丸が命中した右脚が弾けて、俺はバランスを崩してその場に倒れた。
「くそ、こんな近いのに緊張で狙いがつかねぇ!」
彼は人の脚を撃っておきながら、まるで自分が被害者のような怯えた顔をしていた。すぐに起き上がろうとしたものの、片脚を失っては無理そうだったので、這って彼に近づこうとした。
怯えた男性はさっきよりも金網に近づいてライフルを構え直すと、息を整えてから俺に照準を向けた。
「ゾンビめ! 今度こそ頭をぶっ飛ばしてやる!」
まさに絶体絶命の危機。けれど怖くはなかった。
ただこれで彼女と会えなくなると思うと、寂しさが募った。
何故なら俺は、本当に彼女のことが好きだったのだ。
……。
……。
そう、今すぐにでも食べてしまいたいほどに。
おわり
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。