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師匠! いなりずし戒を破ります!!
みなさんは、時たま異常に「いなりずし」を食べたくなることはないだろうか?
つまり異常なほどに「いなりずし」が食べたくなって、我慢ができなくなってしまうということだ。
「いなりずし」などというものは、そこら辺にある、当たり前の食べ物だ。この飽食の時代にあっては十分に顧みられるものではない。
そもそも「いなりずし」は寿司界隈においても大したことのない存在だ。ノドグロなどのご当地のお魚を使ったお寿司や、高級な寿司ネタには遥か遠く及ばない。
もちろんおいしい高級な「いなりずし」も存在する。しかしあくまでも私が求めている代物はそこらへんのスーパーで売っている普通のやつで構わない。
当然ながら高級な「いなりずし」でもいいのだが、そんなものはそこらに転がっていないのだから、必然的に普通の「いなりずし」にいきつくことになるだろう。
最も手っ取り早い方法はやはりスーパーの惣菜を買うことだ。
さて、「いなりずし」を食べる時、「いなりずし」だけを食べる人は一体どれだけいるのだろうか。
おそらくほぼ全人類が「いなりずし」を食べる際にはなんらかのおかずと一緒に食べることだろう。
「いなりずし」はおそらく単独では存在し得ない。それは多くの主食やおかずがそうであるものであると思われるが、たとえば「おにぎり」など少数の食品は単独でも食餌たりえる。
残念ながら、「いなりずし」に関しては決してその領域には至っていないと断言できるのではないか。
ただし「いなりずし」のあるものは、その「おにぎり」的状況に近似する。すなわち「いなりずし」の中や「いなりずし」の上に、なんかおかずみたいなのが載っているパターンだ。
このタイプの「いなりずし」については、直感的にお分かりいただけるように「おにぎり」的食餌に近接する。なぜなら、ご飯とおかずが一体になっており、おいしいからだ。
ところが前段の通り私の欲しい「いなりずし」はプレーンタイプそのものであり、こうした「おにぎり」的な効果は望めない。
ということで、なんらかのおかずが必要なのである。
さてそれでは、「いなりずし」にふさわしいおかずについて考えてみたい。
個人的には以下のものがおすすめだ。
からあげ
エビフライ
サケの塩焼き
レバニラ
焼きそば弁当
そのパターンを析出すると、とにかく手っ取り早くておいしいものがいい。
おそらく惣菜コーナーで近くにいる連中ならば大抵「いなりずし」にマッチする。
ここで改めて考えていただきたいのが、現在私は「いなりずし」を食べたい衝動に強く駆られている状態にあるということだ。
「いなりずし」は普段は脇役顔をしているわけだが、ここでは飄然と大主役に躍り出ている。そのため、先に挙げたような1〜5の如くの主役級のおかずたちはここでは後景に退くということになる。
あくまでも「いなりずし」が彼ら主役級を引っ張るのだ。「いなりずし」が主であり、からあげたちが従になるという寸法になる。
そのため、おかずは前段の議論から明瞭な通り必要でありながら、そのおかずの具体的な是非については「いなりずし」への精的衝動の前ではある種議論の埒外へともたらされてしまうのである。
中国の伝奇小説『封神演技』はやたら長くて似たようなパターンが続く物語だ。私は藤崎竜さんの漫画で興味を持って、日本語訳された小説を読んだことがある。ところが色々と問題のある安能務さんの小説版を読んでしまい、後年になって別の方の翻訳されたものを読み直した記憶がある。
その小説では、1500年に1度、天命により仙人たちが殺しをする定めになっている。殺しは普段はしてはいけない。「殺戒」という戒律がある。なんだか仏教ぽい話だ。道教の仙人たちを描いた作品だが、描かれた時代には仏教の考えは広く膾炙していたのだろう。
「師匠! 殺戒を破ります!!」
こんな感じのセリフを言いながら、仙人たちは必殺武器を掲げる。何かビームが出たり鈍器的なものが飛んで、相手の脳髄を破壊する。毎回ワンパターンだ。エターナルフォースブリザード。相手は死ぬ。
定命から逃れた仙人たちですら、こうした殺戒を破らねばならない天命に従うのだ。
私は師匠はいないし仙人ではないし殺しでもないし1500年に一度でもないのだが、どうしても「いなりずし」を食べたくなってしまう。
「師匠! いなりずし戒を破ります!!」
架空の人間の(仙人ではない)「いなりずし」の師匠に対し、2ヶ月に1度、どうしても「いなりずし」を食べたくなるためにその戒めを解くことを宣言して「いなりずし」を食べてしまう。
これはまさに天命であるのだろう。
10個入りを食べてしまう。