ジェンダーとメンタルヘルスのこと~ハンドメイズテイルの考察~【#12】
前回のやすのさんの記事で、ハンドメイズテイルで重要な役である、ギレアド国の高官の妻・セリーナに焦点に当て、喪失感と、その喪失の「哀しみ」に対しては、その現実を見ることへの恐れやアンビバレントな気持ちの間で揺れ動く姿も書かれ、そんな彼女に訪れる変化も書かれています。そしてセリーナのように、哀しむことがでいない状態が、個人の精神にどのように現れ、またそれが人間関係や社会にどのような影響を与えるのか、個人の内側と関係性や社会の「分断」についても書かれています。今回は、その「分断」から「統合」に向かうために大事なことを、ジューンやセリーナの人生を「ヒロインの旅」になぞらえて描いてゆこうと思います。
ヒロインの旅、分断から統合へ
(※ドラマのネタバレがかなり含まれる記事です)
シーズン1から5を通して、セリーナの心は常に揺れ動いていました。そんなセリーナは、シーズン5でジューンと対峙した時、ジューンを殺さない選択をします。またジューンも、セリーナを殺すことができた瞬間があったのですが、彼女もまたセリーナを殺すことはしませんでした。
なぜ二人は、お互いに憎しみがあるものの、相手を殺すことができなかったのか?ここに物語のクライマックスへ向かうための「統合」へ向かうカギが詰まっていると思います。そんなジューンとセリーナの人生をみると、様々な困難を乗り越えるために、個人の内側にあった「分断」から「統合」へと向かう成熟の旅をしてきたことが見えてきます。
女性が統合の道へ向かうときの成熟過程を、家族カウンセラーのモーリーン・マードックは「ヒロインの旅」としました。マードックによれば、ヒロインの旅は、「女性性からの分離」で始まり、「男性性と女性性の統合」で終わると言います。この分離から統合という道筋には、様々な段階があるのですが、最終的に目指すところは「統合」です。
マードックの本の中では、このプロセスは直線では描かれず「円」で表しています。また全ての女性が同じ体験をするとは限らないと言い、複数のステージを同時に体験することもあると言います。そしてこの心理は、男女共に起こり得るとも言われていることから、女性だけに限らず、誰にとっても「癒し」と「心の成熟」のヒントとなります。
人間性の成熟:男性性・女性性エネルギーの統合
マードックの示したヒロインの旅、人の成熟を見るために、まずは、性役割と男性性・女性性のエネルギー(男性的/女性的な要素)を分けて考える必要があります。
性役割(ジェンダーロール)とは、Wikipediaによると、その性別(生物学的なもの)によって、社会的に期待されている役割のことと示されています。男性の身体機能を持っていれば「男らしさ」が、女性の身体機能を持っていれば、「女らしさ」というように、その社会が決めた性による行動規範が期待されるというものです。家父長制が基盤となっている社会では、この性で分けられた役割による規範が強まります。ここでお話しする男性性/女性性は、そのような性役割とは別のものだと考えてください。これは東洋だと陰と陽、太陽と月といったシンボルの持つ特質にも当てはまるでしょう。
男性性・女性性のエネルギー(男性的/女性的な要素)
女性性エネルギーを象徴するもの:
直感的、感情的、共感的、地に足のついた感覚、サポート、繊細、脆弱さ、受け身、本質的、内省的、力、思いやり、オープン、創造的、信頼など
男性性エネルギーを象徴するもの:
正直さ、活動的、知的、探求的、責任、誠実さ、サポート、規律・統制、
謙虚さ、集中、論理的、安心・安定性、自信、保護、境界線など
人は誰しも、このような要素を、それぞれが様々なバランスで心の中に内在化しています。そこに社会的な性役割が入れば、個人に内在される豊かな側面は限定され、性別によって、こうあるべきという要素を刷り込まれてゆきくことになります。そして家父長的な構造の中では、性別によって限定されたものが、生物学的な「性」と結びつき、それが「正しさ」もしくは「普通」とされます。そのため、時には社会の中で偏見・差別・格差として、また個人にとっては葛藤となって人生に現れます。
「男性性・女性性」という二元的ではありますが、現代社会の構造的問題を見るとき、ジェンダーの視点は不可欠であるため、この視点から、セリーナとジューンの生育歴、家族背景を見てゆきながら、統合への道を探ってみたいと思います。
男性性/女性性:家族から見る受け継いだもの
ジューンの場合
ジューンの家族背景を見ると、まず父親の存在や影響は全く見えません。彼女はシングル・マザーであるホリーのもとで育ちました。母と娘という家族の中で、ジューンは何を受け継いできたのでしょうか。
ジューンとホリー(母)
ジューンの母親ホリーは、第二波フェミニズムの女性解放運動の活動家。彼女は、リプロダクティブライツ(性と生殖に関する健康と権利)を支持し、中絶や男女への避妊手術を行うことを積極的に行っていた医師でした。
第一波の女性解放運動が、女性が男性のように力を持つことを中心に、男女平等性を訴えてきた中で、第二波は家父長制という男性を中心とした社会構造そのものにメスを入れるような、より政治的な活動と言われています。(詳しくはリベラルアーツガイドを参考にしてください)
ドラマではジューンの過去の回想が何回かに分けて描かれているのですが、ホリーは小さなジューンを連れて、女性への性暴力に対する抗議活動に参加したり、ホリーの家では、仲間である女性活動家たちが集まってワイワイする様子が出てきます。その様子から、ホリーが生きた時代の、まだまだ女性が抑圧されて続けてきた女性ならではの痛みが見えてきます。
世代間にわたる女性の痛み:ホリーとジューンの場合
ホリーは、社会への怒りを原動力に活動にのめり込んでいた女性です。そんなホリーの活動は、結果的にジューンにとっては大事な時に母親不在という家庭環境を生み出します。ホリー自身は、第一派のフェミニズ運動の目的であった女性も男性と同じように肩を並べて活躍する力は得ていましたが、それはリベラルアーツガイドにも書かれているように、「男並み」の男女平等であり、女性的なものは隠れてしまっています。ただこの時代はそこまでしなくては、なかなか女性の権利の維持が難しかった時代だとも言えるでしょう。ホリーの行動は、結果的にジューンの寂しさに繋がります。
そのような状況から、ジューンの家庭環境は、従来の女性性の要素とは反対の、より男性的な要素が優位となっている状態とも言えます。ホリー自身が、その時代に、”女性的な役割”をどこかで排除することでしか成し得なかった状況があったとは思います。それらは孤独や傷つきとなってジューンへと引き継げられてゆきます。
ジューン
社会を変えようと情熱を燃やしていたホリーの後ろ姿をみて育ったジューンは、ホリーに反発してゆき、ホリーとは逆の人生を選んでいました。ホリーはジューンに「その仕事で満足しているの?」と投げかけ、ルークとの結婚にも反対しますが、ジューンは彼女の期待を裏切り、仕事は編集のエディターを選び、妊娠をキッカケに結婚を決めてしまいます。
ギレアド建国前のジューンは、子供に寂しい思いをさせるような母親の生き方ではなく、仕事もこなしながら、我が子のために奮闘する母親です。自分の子どもには同じ思いをさせたくないと感じていたからこその選択でした。自分が得られなかった想いを、我が子の気持ちに応えることで、自分の傷をどこかで癒していたのかもしれません。
このようにホリーの元で育ったジューンは、子どもの具合が悪くなれば、夫のルークではなく、ジューンが仕事を早退することになり、ルークがテレビを見ていても、具合の悪い娘の側にいるのはジューンでした。ジューンは、家事、子育て、仕事と、どこかでその状況に疲れ、ルークに対して少し冷ややかな目線や、世間の母親に対する厳しさに居た堪れない気持ちになる様子が回想シーンで出てきます。
彼女のヒロインの旅は、ジューン自身の体験から、女性性ならではの「母」の持つ育てることの(共感的だったり、感情などと繋がる)要素を意識する立ち位置からスタートしていたと言えます。だからと言って、ホリーの生きた時代より前の女性たちとは違い、ジューンもキャリアをもっているところを見れば、ある程度の男性性エネルギーを持って自己実現はされています。ただ仕事に子育てに疲れている状況が、ギレアド建国前のジューンの人生にはありました。
セリーナの場合
セリーナの家族背景を見ると、やはりここにも父親は出てきません。しかしギレアド前のセリーナは、高学歴で男性と肩を並べて活躍してきた女性でした。セリーナのそのような姿はどこからきているのでしょうか。様々な研究によれば、娘と父親のポジティブで健康的な関係性は、適切な自己主張をサポートし、成績もよく(高学歴)、収入も多くなる傾向にあると言われています。そこから推測すれば、セリーナは、父親とは良い関係性を築いていたのではないかと思われます。
セリーナとパメラ(母)
一方セリーナの母親であるパメラは、やすのさんの記事にもあるように、世間体や地位にこだわる女性。パメラは、家父長的な家庭の中の専業主婦です。セリーナが「司令官」という立場にあるフレッド・ウォーターフォードと結婚していることがとても大事で、地位とそこに伴う支配力がとても好きな女性です。また娘に対しては、とても支配的で冷たい距離のある接し方です。家族の中で妻という役割をきっちりとこなす、そんな姿が見えます。
しかし女性性エネルギーである感情的で繊細さ、共感性から生まれる温かみは感じられません。役割としてのパメラという無機質で冷淡な印象を与える女性です。女性の役割(母の役割)をこなしているのに、女性性エネルギーにはどこか欠けている母親が見えます。
世代間にわたる女性の痛み:パメラとセリーナの場合
このようなパメラを見ると、やはりそこにはパメラの女性としての痛みが見えてきます。ホリーとは違ってパメラの背景には、彼女の信仰する宗教の教えが強く影響しています。そのことから、家父長制の中での女性の立場、性役割が全面に出てくるような家族の妻・母だったということが見えてきます。
家父長制の中では、その人の人間らしさではなく「性役割」が重視されます。女性がその中で自分を確立するには、その立場に徹底的に従う必要がります。そのためパメラは、妻という立場で、地位と名誉を持った男性に同一化(同一視)することで、自分の存在を維持しようとしてきたのではないかと思われます。そのため、男性(配偶者や娘の配偶者)の地位にこだわるのでしょう。そんな家父長制という構造の中でのパメラは、実際は抑圧される側であり、力が奪われていることを意味します。ここがパメラの女性ならではの痛みです。
しかしパメラは痛みを見ようともしません。だからこそ、その痛みを突きつけてくるような娘の態度、行動、言動が疎ましく感じるのでしょう。結果的にパメラは、我が子が泣いている姿を見ると、一見母親らしいことを言うのですが、セリーナの感情的な訴えに対しては、とても冷ややかに、そしてさげずみ、攻撃をするのです。パメラは、自分が見たくないこと(認めたくない側面)、痛みや都合の悪いことは、このように排除をしてゆくのです。
「あなたは恵まれているのよ。なのに何でも思い通りにしたがる。甘ったれだわ」というパメラの言葉の中の、「何でも思い通りしたがる」という部分に、パメラ自身が、人生を思い通りにすることができない立場だという事が現れています。「私だって思い通りにしたいわよ!」という声が聞こえてきそうです。
またセリーナが子どもを手放した悲しみを泣きながら話せば、「あなたの子どもではないし」といってどこか見下します。ここには「あなたは子供すらうめない=女性として欠陥を持った人間だ(女性の役割ができない)」という見下しが見えます。パメラの価値観が家父長制の中で作られているので、このような視点になるのでしょう。
パメラにとって、セリーナはパメラ自身が見ないようにしているもの、もしかしたら望んでも得られなかったものを持つ存在であったのかもしれません。また、もしもセリーナが父親と近い関係であったのなら、夫と娘という三角関係の中での嫉妬や羨ましさも、パメラにはあったのかも知れません。しかしそれを認めてしまうとパメラという存在は成り立たないことから、パメラは自分の辛さ、痛みを見なずに、逆にセリーナから力を奪ってゆくような母親(女性とは自分のような存在なのだと知らしめるよう)になってしまったのではないかと思います。パメラはこのように、自分が本当は感じていた「痛み」や「無力感」を感じないために、セリーナに押し付け、彼女自身の痛みを娘に伝播させてゆきました。
セリーナ
セリーナは、ギレアド建国前は、ジューンとは逆のタイプの女性でした。しかし実際は、母親との関係の中で『女性であること』に対しては、どこかで劣っていると常に感じ、認めてもらいからこそ、母親が信じる世界を作る「いい子」としてギレアド建国に力を注いでいたのではないかと思います。やすのさんの記事にも書かれていますが、ここにはセリーナの女性としての葛藤がすでにあったと思います。
セリーナは、母性や女性的な要素を感じない母親との関係性の中で、彼女もまたジューン同様、自分を理解してくれる人、受け入れてくれる人を求めていました。以前はそれが夫フレッドでした。しかし彼は、ギレアド建国後に高官となり変わってゆきます。家父長制が徹底したギレアドでは、セリーナは母同様、フレッドの妻でしかなくなりました。セリーナの持つ男性性エネルギーを全く発揮できないギレアドの社会で、パメラのように、ただ妻の役割を徹底するしかない状況に追い込まれていきました。ただパメラと違うことは、セリーナ自身には、男性とも肩を並べるほど社会で活躍した実体験がある、というところです。
それぞれの目覚め
ジューンの目覚め
ジューンは、ギレアド国でハンドメイドとなってから、徐々に目覚めていく姿がシーズン1では描かれています。シーズン1ではエピソード事に、ジューンの目覚めや決意がハッキリしてゆく過程を感じることができます。その過程の中で、母親ホリー、そして離れ離れになってしまった我が子への想いが、彼女をサポートし奮い立たせるのです。
そんなジューンの印象的な言葉は「私は前の私ではない」という言葉と、母を思い出しながらの「私たちは思っているより強い」という言葉です。彼女の目覚めが確かなものになった瞬間だったのではないでしょうか。
ジューンは、母親とのやりとりを思い出しながら、当時は疎ましく思えたホリーの言葉にも、また女性たちが集まって励まし合い団結していた姿の中にも、自分が求めていた母性的なものや情緒的な繋がりを再確認してゆきます。実際ホリーは、パメラとは違い、感情が生き生きとした、共感性の高い女性でした。
そしてジューンは、ホリーがなぜそこまで社会に身を投じていたのかも理解する事ができるようになります。自分の母親が、我が子であるジューンや全ての女性、子供たちの未来の為に運動を続けてきたということ。そこに母親としての大きな愛をしっかりと確認したのです。ジューン自身も親です。ハンドメイドとなったジューンの、我が子を守りたいという強い想いは、かつてのホリーの姿と重なったのでしょう。
このようにジューンは、ハンドメイドという抑圧され、女性がモノとして扱われる立場になってはじめて、自分の母親が何と闘っていたのか、ギレアド前の社会の状況をはっきりと理解することができました。
人は、苦しみの中で目覚めることは多く、「ヒロインの旅」でマードックは、深い悲しみを感じ、それを表現すること、そしてただ痛みと共にいることの大切さについて語っています。そのようなとき癒しも自然と起こると言います。ハンドメイドになったジューンは、ホリーはじめ全ての女性の痛みを深く感じ、そこに共にいることができるようになったのだと思います。そこで初めて、母との関係の中での孤独という過去の人生ストーリーが変化していき、同時に、未来へと向かう目覚めとなったのだと思います。
セリーナの目覚め
一方セリーナは、ギレアド建国前には存分に発揮できていた高い教養と、社会に影響を与えるようなカリスマ性を持ちながら、同時に無力さや自信のなさも心の中に内在化していました。そんな相反する、アンビバレントな気持ちを常に抱き、ギレアド建国後のセリーナは心は揺れ動いていました。そのアンビバレントな不快感を、ギレアドでの信仰が正しいと思い込むことで掻き消していたのかもしれません。たとえそれが自分の持っていた力を奪うものだとしても、それを盲信することは、母親との関係性においても、ギレアドでの自分の立場を守るにしても一番安全な道でした。
しかしセリーナのギレアド前の人生経験は消すことはできません。主義主張は真逆とはいえ、ホリーのような側面を彼女はすでに持っていました。ギレアド建国から抑圧され続けていたその側面は、ジューンと関わっていく中で、徐々に目覚めることになります。
シーズン5で、セリーナは自分が産んだ子供をジューンに託すシーンがあります。その時のセリーナは、彼女の解釈するキリスト教の教え(ギリアドが解釈する教え)に擬えて、自分自身が神の器としての役割を果たしたこと(子供を産む役割)をジューンに伝えます。その時ジューンは、静かながらも、とても力強く語りかけるシーンがあります。
「誰もが尊い。私は人間よ。命がある。だからあなたを救う」
それでもセリーナは自分は救われる資格はないのだと言うのですが、ジューンはセリーナを見据えながら、「ここはギレアドじゃない。私はあなたとは違う。あなたのためではない、この子のために」と言います。このジューンの言葉で、セリーナは目覚めるのです。
セリーナの中のジューンが産んだ子どもに対して我が子のように愛情を注いだ記憶、自分の息子を出産した体験、そして過去には力強く活動を引っ張ってきたリーダーとしての自分自身、それら全てが、「自分」の本質として彼女自身が受け入れることができ、統合され始めたのではないでしょうか。
ヒロインの旅を支えるもの
人は様々な困難や苦難を乗り越えてゆくために、様々なサポートや支えは必要となります。これは共依存的ではない関係性で、お互いを支え合う関係、深く繋がれる人たちの存在が、人の成長を促します。ジューンとセリーナは、そのような繋がりがあったからこそ、ここまでこれたのだと思います。
女性同士の繋がり
個人より役割が重視される社会構造のなかで、より心が通じあえる仲間同士の集まりは、人の心の支えになってゆきます。ドラマの中では、ホリーたちがフェミニスト仲間と集まってワイワイとしながら活動をする姿があり、ギレアドでは、ハンドメイドや女中のマーサたち集まり、お互いを思いやる姿がみられます。このような集まりや、個人との繋がりは、人と人が出会う、よりプライベートで心を通わせるもので、情緒的な繋がりが深いと感じます。マードックは「ヒロインの旅」の中で女性の集まりを円の視点として説明しています。
高官の妻たちも集まっていますが、こちらは少し公式的な雰囲気を感じます。「妻」という役割から(夫のポジションが主体になる)の集まりだからなのかもしれません。役割は、社会的仮面として機能するので、そのような集まりは完全に心を許せるようなものではないのかもしれません。しかしそんな高官の妻たちも、女児の未来の為に、セリーナの呼びかけのもと団結したことがありました。そこは、やはり男性だけで集まっている高官たちの集まりとは違うところです。
よりプライベートな集まりをするハンドメイドやマーサといった女性たちの集まりは、人を助け、互いを支え、楽しいことも辛いことも共有される繋がりがあります。それがあったからこそ、辛い状況の中で生き抜く力となり、困難を乗り越えてゆくことができる勇気を得るのです。ジューンは、多くの仲間の協力と支えがあってカナダに逃げることができました。またカナダへ行ってからは、夫ルークや親友のモイラに支えられ、ここまでこれたのだと思います。
聖なる結合
ジューンの支えとなった人の中で、彼女の気持ちをより強くさせたのは、ニコールの父親であるニックではないでしょうか。ニックは人間としてバランスの取れた人物。彼は静かですが、深い愛情と共感性、そして強さをあわせ持った人物です。ジューンのニックへ向ける表情が、夫ルークへ向ける表情と全く違うことが興味深いのですが、ニックとの関係性は、特別なものにも感じます。この特別なものは何か、ルークとの関係性とニックとの関係性の違いには二つの点があります。
まず一つ目は、ルークと出会った時のジューンは、まだ内面の統合はされていない時期だったということ。ルークとの関係は、ジューンが母親の期待からの逃避の先にあった関係性だったことも大きいと思います。興味深いのが、ルークは出会った当初は既婚者で、不倫関係だったのです。ジューンは、ルークの妻から憎まれ、結婚までの道は平坦ではありませんでした。不倫の全てがそうではないですが、この時のジューンが、それでもルークを選んだのは、彼女の家族背景、親子の関係性の傷つきからくるものが、パートナー選びの選択にも影響していたと推測されます。
しかし、ニックに出会った時のジューンは、ルークを選んだ時のジューンとは違い、この内面の統合に目覚めた時でした。ニックとの出会いは、ジューンが目覚めていく時に深まっていった関係性です。むしろ、そのようなジューンだったからこそ、ニックとの関係が深まったのかもしれません。ニックとの繋がりやその深さは、ルークの時とは違ったもので、その差は、ジューンがカナダへ行ってからのルークとの関係によく現れています。ルークはというと、そのような変化を遂げてきたジューンとの再会から徐々に彼自身が成長する様子がドラマでは見られます。
ルークとの関係性とニックとの関係性の違いについて、二つ目の理由に、ニックがジューンの全ての側面を全面的に受け入れているところにあると思います。ジューンの美しい面だけではなく、人間としての黒い部分、悲しみ、苦しみ、フレッドを殺してしまうような強い憎しみまでも。それを受け止めることができるニック自身が、人が見たくない痛みや苦しみと共に一緒にることのできる人物。彼も闇を体験したことのある一人でしょう。だからこそ、ジューンの全てを受け止めることができる。すなわち哀しみや喪失を感じることができる精神的成熟さ、レジリエンスが育っているという意味なのです。
やすのさんの記事の中で、喪の作業にも書かれていますが、闇を通ることは、人の成長、内側の統合へ向かう時の通過儀礼でもあります。マードックの「ヒロインの旅」の段階でも「通過儀礼・女神の降下」という段階があり、「冥界下り」として神話や物語に書かれていると言います。マードックは冥界へ下る時人は、孤独や幻滅、迷いや悲しみ、そして怒りと絶望などを体験すると言います。そんな時、嫌でも自分と向き合わざる得なくなる。そんな闇の中を潜るからこそ見えてくるものがあります。この闇をくぐり抜けることで、より内側のエネルギーを統合することを推し進めます。その先にある成熟は、今まで見ないようにしていた自分の側面の受け入れでもあり、それは統合を意味します。本質の自分、全体の統合された自分として生まれ変わる、再誕生のプロセスなのです。
ただニックとジューンのような関係は、一方が、もしくは二人の成熟さが進んでいないと、トラウマボンドという負の関係性にもなり得ます。そうなると、お互いを破壊する関係となる可能性が高くなります。しかしニックとジューンは、すでにそれぞれが困難を乗り越え、ある程度の成熟には達していた為、お互いを癒しあい、そして自己成長を促す関係性となったのだと思います。
「ヒロインの旅」のマードックによると、ヒロイン自身が、内面の男性性・女性性エネルギーを理解し、受け入れることを「聖婚」と言っています(個人の内なる統合)。ジューンとニックの関係は、それぞれの内側で起こる「聖婚」を、さらに強くさせていった関係だったと思います。そのような関係性の中で子供を身篭り、そして出産することで、以前この二人のことを記事にも書きましたが (こちら)、ジューンは、過酷なハンドメイドという立場の中にいても、癒され、立ち上がる力を得ていったのです。
導く存在との繋がり
セリーナが立ち上がることができたのは、そこにはジューンとの繋がりがあったからだと思います。もしかしたらセリーナは、ジューンがハンドメイズとして彼女の家に配属された時から変化の道が開かれていたのかもしれません。彼女の中で長い間抑圧されていた温かな気持ちや深い愛情は、ジューンと出会うことで徐々に引き出され、けれど怖くて引っ込めてしまうを繰り返しながらも、ジューンによって導かれてきたように思います。
もちろん、その間に、様々辛い経験もしてきました。特権を振りかざし、ジューンに対して酷い仕打ちもしたこともあります。しかしジューンがセリーナを殺さなかったのは、全ての女性が受けてきた痛みと傷を、セリーナの中にも見えたからなのだと思います。またセリーナも、ジューンを殺せなかったのは、ジューンとの関係性で思い出した自分自身がそこには存在したから。彼女の心の奥には、ジューンと同じ、深い愛があったからだと思います。
ジューンが涙を浮かべ「殺したくなかった」という言葉と、その言葉を聞きながらジューンを見つめるセリーナの表情に、憎しみも越えた、二人の深い繋がりを感じました。
抑圧される人々の世代間の痛みと癒し、統合へ向けて
ホリーとパメラが生きた時代には、女性ならではの痛みがすでにありました(もちろん女性だけではなく性的マイノリティーの方達の痛みもです。ギレアドを見ると、性的マイノリティーの方達は、さらに抑圧され排除されている様子が見えます)。このハンドメイドテイルという物語の前提には、全ての女性が抑圧されていた時代からフェミニズムの台等と、女性の権利獲得の道に伴う女性たちの変化があります。その間には、女性の権利をめぐって様々な軋轢もありましたし、ギレアド建国前は、女性の権利が再び脅かされつつある時代でした。
そんなドラマの物語背景は、私たちの住む現代社会とオーバラップします。現在のアメリカは、女性のリプロダクティブライツが、どんどんなくなっているのが現状です。このような時代背景の中で「闘う」という選択をしたホリーの生き方があり、また力のある者に自分を同一視しながら自己を維持するパメラの生き方がありました。この二人のような女性は、私たちの暮らす現代社会でも見ることができ、その両者には深い溝がみられます。そんな生き方や価値観の違う二人ですが、共通することは、どちらも深く傷ついているところです。その深い傷を、次の世代であるジューンとセリーナはそれぞれが違う形で受け継いでいました。ハンドメイド・テイルでは、深い傷を受け継いだジューンとセリーナが、世代間の痛みとそれに伴う苦しみと向き合うプロセス、そして様々な体験や関係性と通して、それぞれが内面の統合への道へと入っていく様子が描かれていると思います。
私たち一人一人の心の中にある葛藤による分断を統合することは、社会を統合へ向かわせるための一歩として、とても大切なことだと思います。平和の実現は、個人の内面の統合からスタートなのです。
シーズン6は、いよいよクライマックス。シーズン1から5までのヒロインの旅を通して内面の統合へ向かったジューンとセリーナは、今後どのような関係になってゆくのか、またそのような二人が、どのようにして分断された社会を統合へと導いてゆくのか。そこが見どころになるのではないかと思っています。
バトンタッチ
さて、次回ですが、ハンドメイズテイルの物語分析は一旦ここで休憩したいと思います。今まだシーズン6が始まっておらず、北米では来年の予定だそうです。今回、ハンドメイズテイルの記事を書きなながら浮かんできたことは、世代間トラウマに関することです。世代に受け渡される傷や痛みは、やはり家族から始まります。そんなわけで、家庭環境や親子関係性からどんな影響があるのかもっと知りたい!例えば、私たちはそれぞれの人生背景から、どんな相手をパートナーと選ぶ傾向があり、またそこから私たちはどんな事に気づき、学び、成長してゆけるのか。エンパワメントやレジリエンス含めた成長の可能性と関係性の変容について、北米ドラマ『 THIS IS US/ディス・イズ・アス 』の物語から見えることを、ぜひ、やすのさんに聞いてみたいなと思います!
参考:
ハンドメイズテイル シーズン1−5 Hulu
「ヒロインの旅」(2017)モーリーン・マードック著、シカ・マッケンジー訳
Healing our Internal Masculine and Feminine Energies
Strong Father-Daughter Relationships Lead To Healthier, Happier Women Forbes 2020
Strengthening Father-Daughter Relationships , Kim A. Jones PhD, LCSW 2008
セリーナの母: https://the-handmaids-tale.fandom.com/wiki/Pamela ジューンの母:https://the-handmaids-tale.fandom.com/wiki/Holly_Maddox#:~:text=June%20Osborne's%20mother%20is,does%20not%20appear%20until%20Baggage.
Cover Image Photo by Ales Maze on Unsplash
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