ショートショート 「メンヘラな僕は狩りをする」
ショートショート 「メンヘラな僕は狩りをする」
【1章】ねぇ、何でみんなはnoteを書いてるの?
今日も暑いね。
僕は冷凍庫から棒付きのアイスキャンディーを取り出し、ビニールの包装を丁寧に剥いてからアイスを口に運んだ。
昨日入れた肉のせいで冷凍庫がうまく閉まらないや。
僕はアイスを口に咥えたまま、がたがた音を立てて両手で強引に閉めた。
ねぇ、みんなは何でnoteを書いているの?
僕は赤みの強いぶどうアイスを口に含む。
濃厚で芳醇な味が口腔内に広がった。
うん。納得の味だ。
僕は心を埋めるために書き始めた。
心が埋まれば、この「不安」も「痛み」も和らぐと思ったんだ。
おいしいものをたんまりと食べても、たくさんの友人がいても、優しい家族と戯れても、お金を得てもまだまだ心が埋まらない。
むしろ虚しくなる一方だった。
だから僕はnoteを始めた。
【2章】苦しくて
「僕」という人間を発信してたくさんの評価が付けば今度こそ、この心が満たされるんじゃないかって思ったのだけれど、やっぱり駄目だった。
どれだけ多くのスキやフォローを貰っても、どれだけ温かいコメントを貰ってもまだまだ足りない。
数を際限なく求めやがて、メンヘラの僕が浮上するだけ。
「本当に『スキ』と思ってる?」
「その優しさは僕以外にも向けるんだ?」
「なんだ。このフォロワー、僕よりもあの人とやりとりしている時の方がいきいきしてるじゃん。」
僕は君のことをずっと見ているよ。
投稿時間。
いつ誰とどんなやりとりをしたのか。
それから君の過去記事も他のSNSも全てね。
全部知っているよ。
君の家も家族構成も。
君のことは全て把握済み。
でも、このことは君にはナイショ。
あくまでもドライな僕を演じなきゃ。
僕は学んだんだ。
彼女からね。
【3章】暑がりな彼女
彼女とは大学のサークルで出会った。
ボーイッシュでサバサバしていて物怖じしない彼女は、根暗な僕にも積極的に話しかけてきた。
最初は「うざいな。」と思っていたし、がさつな彼女には関心がなかったのだけれど、なんとなく打ち解けてきて、彼女は僕に心を寄せるようになった。
ある日、彼女は僕のことが「好き」だといった。
僕は「そうなんだ。」とだけ答えた。
それから僕は彼女を束縛した。
僕以外の人間と笑うことを禁じた。
僕以外の人間と出かけることを禁じた。
僕の前で僕以外の人間の話しをすることを禁じた。
僕の定めた「ルール」に従ってもらうこと。
それが唯一、僕が取れるコミュニケーションだっ
た。
僕には愛も友情もコミュニケーションの「正解」も分からない。
本当にわからないんだ。
束縛し独占することでしか繋ぎとめることができない。
そうやって相手を支配することで僕の心にやっと平穏が訪れる。
逆に言うと、束縛して従えることでしか僕の心は満たされないんだ。
胸が苦しくなるような身の置き所すら奪われる強い不安。
胸腔がまるごと抜き取られたかのような脱力感。
日々、感じていたそんな苦しみが「彼女」と出会ってからは少しづつ癒えていくと同時に、心が満たされていくのを感じていた。
それなのにいつのまにか彼女の心は少しづつ僕から離れていった。
そのうち彼女は大学であからさまに僕をさけるようになる。
昔はあれだけ「はるくん、はるくん」って僕を慕ってきた癖に、今じゃ逃げられて会話すらもできやしない。
僕は彼女と話し合いたいと思っているのに、この日なんてほら、目も合わせようともしない。
彼女の傍には2、3人の女友達がいて、警戒心をあらわにこちらを見ている。
“ばかにしやがって。“
僕は思い切り唇を噛んだ。
「ブツッ」という犬歯が唇を突き破る感触ともに、耐え難い痛みと生臭い吐き気を催す血の味が口腔内に広がった。
そのズキズキとした脈打つ痛みに少しだけ冷静さを取り戻す。
血液が口から滴り、ぴかぴかに磨き上げられた廊下にポタポタと滴り落ちた。
この鮮明な「赤」はどんなに腕の良い画家だって表現できない。
このことは墓場まで持っていくつもりだったけれど、僕は子供の頃から鮮血の色が好きだった。
なぜならこの色が一番命を近くに感じられるから。
僕は「命」が好きなんだ。
僕は廊下の曲がり角で彼女を待ち伏せした。
せっかく冷静になりかけていたというのに再び怒りが湧き上がり心臓がばくばくした。
固く握った拳がぶるぶると震える。
彼女の足音が近づいてくる。
「なんで避けるの?」
僕は鉢合わせした彼女の細い腕を握った。
彼女は息を飲み、すぐさま身を引いた。
今、友達はいないようだ。
トイレにでも行ったに違いない。
「僕は君と話し合いたいと思ってるんだよ。」
昂る情動に声が震える。
彼女の切れ長の目がやっと僕を捉えてくれた。
「いや、やばいっすよ。」
彼女はそう言ってへらへらと笑っていた。
笑っていたから嫌がっていないと思ったんだ。
「君がいないと・・・。」
「警察呼びますよ。」
彼女はそう僕の言葉を遮り乱暴に腕を振った。
仕方がなく僕は腕を離す。
彼女の顔はもう笑っていなかった。
「僕のこと好きでしょ?」
僕は首を傾げて彼女に顔を近づけた。
淡いブラウンの虹彩が綺麗だった。
「もう好きじゃないんで。」
先程とは打って変わって、彼女はうんざりとした表情を隠そうともせず、どこまでも冷たい声で吐き捨てると立ち尽くす僕を置いて足早に去っていった。
まあ、そんなことがあったからnoteではドライな自分を演じていた。
noteでも腹立だしいことはたくさんあるけれど、とりあえず今は我慢している。
でもやっぱりそれじゃ満たされない。
人を束縛すること以外で満たされることなんて僕にはなかった。
またあの虚無感に苛まれる日々に逆戻りなんてことは絶対にさせない。
「今年の夏は暑いねぇ。」
冷蔵庫の前、キッチンの窓からギラギラと照りつける日差しを見ながら僕は言った。
「君は暑がりだから涼しいの好きでしょ。」
僕は座り込み冷蔵庫にもたれかかった。
こうしているとあの胸腔を腐らせる強い不安が波が引くかのように落ち着いていった。
もう人間に温もりなんて求めない。
言葉なんて薄っぺらいものもいらない。
【4章】そして僕は狩りをする
僕は・・・、僕は、僕だけの「人間」が欲しい。
ゆっくりと立ち上がったにも関わらずふらついて、冷蔵庫に頭をぶつけた。
「ゴンッ。」
「いてて・・・。」
手のひらでぶつけた頭をさする。
ふらついたのは、薬を飲みすぎてしまったせいだ。
病院には規定量以上の薬を飲んでいることがバレて叱られた。
この苦しみがわからない癖によくあんなことが言えたもんだ。
僕のこの不安は、この身を刺されるに等しい心の痛みは、そして脱力するような虚無感は、あんなちょっぴりの薬じゃ癒えることはないというのに。
頭がくらくらする。
心がぐらぐらする。
胸が気持ち悪い。
「君が悪いんだよ。」
突沸した衝動に身を委ね冷凍庫を足の裏で思い切り蹴り飛ばした。
どんっという鈍い音と共に足の裏に鈍痛が走る。
僕はバランスを崩して床に倒れ込んだ。
受け身も取れず、後頭部を強打する。
目の前がチカチカとした。
後頭部の鈍痛が心の痛みを癒してくれるようで、気持ちよかった。僕は仰向けに倒れたまましばらくぼんやりとしていた。
物に当たるなんて僕らしくないや。
僕はよろめきながらも立ち上がり壁を伝いながら自室に行くと、父から貰ったノートパソコンを立ち上げる。
そして誘われるようにnoteの「森」に入る。
気づいてないの?
僕は、ずっとずっと大好きな君のことを見ているよ。
君もきっと「暑がり」だよね?
end
*この話しはフィクションです。*
ちょっと涼しくなるホラー?でした。
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拙い作品を最後までお読み頂きありがとうございました。
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