わたしたちの詩 #36
ハヤカワ・ミステリ文庫(メグレ)→ 光文社古典新訳文庫(『ペスト』)と海外文学をつづけて読んだら、つぎは新潮クレスト・ブックスを読みたくなる。
近く新作の出るらしい、ジュリー・オオツカ(岩本正恵・小竹由美子訳)『屋根裏の仏さま』を、その予習がてら手に取る。
写真だけを頼りに海を渡った日系移民一世「写真花嫁」たちの物語だ。
時代や共同体といった、個人ではどうすることもできない運命に翻弄される過酷さは悲痛であり、その内にあっても連帯し、芯を強くもち懸命に生きるさまは美しくもある。
わたしたち、と一人称複数で綴られる文体が独特だ。
場面を変えず無数の物語を繋ぐ装置として優れ、その手があったか!とおもわず膝を打つが、カラクリのわかったところで、俄かには真似のできない、独特のリズムを兼ねそなえる。情報の圧縮率が凄まじい。
わたしたちは〜、で繰り返される無数の響きは、詩を読むように心地いい。
そのわたしたちが、最後の章では顚倒する。
虐げられ翻弄されていた者たちが去って、残されるわたしたち。
読みながら、これは過去の話でありながら未来のようで、また被害の歴史は加害の歴史でもあるんだよなあ、とかんじていたのが、それを見透かされたような最終章の仕掛けに、おもわず唸る。
また、消えたわたしたちは神性さえ帯び、残されたわたしたちの心にいつまでも残る。
やってきて、何かを残し、消失したことで、わたしたちはわたしたちの仏さまになったのだ。
訳者あとがきによれば、翻訳はこの小説に惚れこみ訳しはじめた岩本正恵さんが、中途で亡くなられたため、小竹由美子さんが引き継がれ完成されたそうだ。
おふたりに面識はなかったそうだが、この訳業そのものにも〈わたしたち〉の声が響き合っている。
非常に美しく読みやすい訳文で、素晴らしい小説であった。
あとがきには来月出版予定の新作『スイマーズ』についての構想にも触れられていて、ますます愉しみになった。
新刊を待つ間に、著者の翻訳の出ているもう一冊『あのころ、天皇は神だった』(こちらがデビュー作だそうだ)も読んでおきたいし、岩本さん小竹さんの他の訳書も、もっと読んでみたくなった。
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