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観劇ってエネルギーをごっそり使う。好きな劇団の観劇さえためらう瞬間の話。

ふと「このところ観劇していない……」と思い、その理由を探ってみました。

「面白そうだな、観にゆきたいな」と思っている団体や演目であっても観にゆけないという場合があります。スケジュールの都合ではなくて自分のコンディションの都合で。体調が悪いでもないのに観にゆけないコンディションて何?というのをざっくり書いてみます。勢いだけで。

演劇は受け手もエネルギーが必要

作り手側にエネルギーが必要だというのは言わずもがなですので割愛するとして、今日は受け手・観劇にもエネルギーが必要だという話をちょこっと。

最近の私のことで言うと、この時期は演劇公演も多く、ジャンルも様々、気になる舞台がたくさんあります。だけどちっとも観にゆけぬ。なぜか。

戯曲・ストーリーの解釈や分析に割り当てる分の思考の用意・脳の空き容量が確保できない、というのが理由。観劇にゆくくらいの時間は都合できるのだけれど、いかんせん気力が伴わない、思考力が機能していないから。情けなくなっちゃうんだけど正直なところ。

※受け手が初見で追いかけようとする要素・把握したいこと・思考などについては以下の記事に項目立てしてあります。簡単なものですがご参考まで。

観劇ハシゴできる人は超タフな人!

演劇好きな人に目を向けると、オフに昼&夜観劇する方も多いのですが。昼夜で違う作品を観ること(観劇ハシゴ)ができるのは、気力体力共に充実していてかつ思考もフル回転で2作品追える超タフな人っ!私は90分ぐらいの演目を昼夜でリピートするのが限界です。

あと、劇場っていう空間は作り手受け手それぞれ、また、その場にいる人いない人、関わっている人の数だけの気持ちや思惑があるので、空気というか、空間に渦巻いている雰囲気がやっぱり結構すごいです。あ、べつにスピリチュアルな話ではなくて、場内の空気感とか、ね。

作る側のエネルギーと受け取る側のエネルギー、遠くから祈る人や願う人のエネルギー。そういうものが集まりぶつかる劇場という空間はエキサイティングだな、と思う。だからこそ、それに耐えられるだけのエネルギーが自分にない場合には劇場まで運ぼうという気にならない、運べないです。

実はこれ、受け手側にいると割とよく耳にする声。

どのくらいのキャパでどのくらいの対応力があるか、あるいは観劇によってエネルギーを補うか消耗するかなどは、完全に個人差ではありますが、私の周りでは消耗パターンの方が多く上がります。

作り込む要素の多さや複雑さ、上演時間を長いと感じるか短いと感じるか、そのあたりにも関係してきそう。おそらく、作り手や演劇に詳しい人は多少ボリューミーでも苦でないのだと思う、それがたのしいのだと思う。かたや受け手、特にライトユーザーは作り手が想像している以上に消耗するのだと思う。

なんとなく書き始めた記事だけど

今日の記事、「何を書こうかなぁ」とゆるゆる書き始めたのですが。結果、消耗の度合いという視点から、幅広い層をターゲットにすることの難しさに気づくことができました。これは大切なことだから気忙しい時期を越えたら改めて考察とかアイデアとか、掘り下げてみたいなぁと思います。たしかに、ターゲティングに関する記事ってまだ書いていないものね。(だったはず……もはや記憶が……)

気づきやヒントがあったりするわけで、気乗りしなくても書いてみるものですねぇ。

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