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読書記録 ピアニシモ/辻仁成
きわめて弱く
この作品を読んでいて僕はぼんやりとしか残っていない学生時代を思い出して少し暗い気持ちになった。
家庭の事情で転校の多い主人公、透は
ある日、転入した高校でいじめにあう。
母子家庭で育った僕は一度だけ転校を経験した。
小学5年生になる頃に転入したクラスは半ば学級崩壊のような状態にあり、内気だった(今も似たようなもんだけど)僕は野良犬たちの玩具になった。
敵意に満ちた視線、純粋な悪意を向けられ学校に行くことをやめる。
不登校になった透。
イジりだから、じゃれているだけだから。
そんな事を言って僕をバカにしたり小突いたりしてきた連中と関わるのが嫌で僕も不登校になった。
彼にしか見えない友達「ヒカル」はいつも通るのそばに付いてまわる。
僕にはヒカルのような存在はいなかった。
母親を””あんた”
父親を”あの人”
と呼ぶ。
僕には透の家族は枠組みだけの形式上の家族に見えた。
僕の両親は離婚していたが父親の実家が近所だったので
結構な頻度で父親には会っていた気がする。
ガンで亡くなって12年くらいだろうか。
父親の顔も今はぼんやりとしか思い出せない。
母親は過保護でヒステリックでヒロイン症候群の様な人で「愛している」的なことを押し付けてくるから苦手だ。
学校にも家庭にも居場所がない透の唯一の拠り所となったのがサキという女性の存在だ。
伝言ダイヤルで知り合い、複雑な家庭環境や不登校なこと似た境遇の二人は毎日のように電話で話す仲になる。
当時の僕は引き篭もりでずっと家にいたので「みんなのチャット」というチャットサイトでメールアドレスを交換して仲良くなったメル友とよく通話をしていたような気がする。
何を話していたかとか名前とか年齢とか性別とか全然思い出せないけれど。
嫌なこと、都合が悪いことは考えない。関係する記憶全てを頭の中の奥底に沈めて隠してしまう。
記憶のゴミ箱にどんどん詰め込んでフタをする。
詰め込み過ぎてよく溢れるから毎度、掃除が大変だ。
きわめて弱い人間の僕は過去を忘れることで感情を調整する。
負の感情に包まれて過去の記憶に犯されないように。
そう意識してはいるが
読書や生活をしている中でたまに薄ぼんやりと過去を思い出すことはある。
懐かしいなと感傷的になるときもあれば、自己嫌悪の連想ゲームで死にてぇとバッドに入ることもある。
ただ今回は不思議で、
どちらにも当てはまらなかった。
透の置かれた境遇や言動からチラチラと自分の過去を思い出して少し暗い気持ちになったが
バッドに入るような重いものではなく、むしろすっとしていて軽く、心地のいいものだった様に思う。
人間の死、暴力、敵意や悪意といった感情の表現が生々しく描写されていて物語はかなりハードなものだが
透を通じて読み手にも突き刺さるような鋭利な文章と優美な比喩表現が散りばめられる形で構成された
本著は
読み手を飽きさせない展開の連続はもちろんだが、文章自体の美しさも楽しめる。
この文章自体の美しさの部分が心地いい暗さを残すが嫌味のない不思議な読後感の要因だと思う。
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