記憶すること、語り継ぐことの大切さ。映画「返校 言葉が消えた日」を見る。(※ネタバレあり)
はじめに
「返校 言葉が消えた日」は台湾の白色テロ時代を描いた作品だ。戒厳令(1949~87年)のもと、言論の自由が厳しく制限され、相互監視と密告が奨励され、多くの人が政治犯として、投獄、処刑された。白色テロとは、このような政治弾圧を指す。とてもつらい映画である。ホラーの体裁をとった、社会派サスペンスといえる。
1. 発端
教官が監視するなか登校する翠華高校の生徒たち。一人の生徒が呼び止められ、カバンのなかを見せるよう求められる。だがもう一人の生徒、ウェイジョンティンが現れ、機転を利かせる。カバンの中の発禁書は見つけられずに済んだ。
1962年台湾、反政府的な言論や自由を謳う書籍は固く禁じられていた。二人は読書会のメンバーだった。放課後、人目につかない備品室に集まり、発禁本を読み、またノートに書き写す。弾圧の時代、危険を冒して、ヒューマニズムや自由へのあこがれを語りあう。
一転してウェイジョンティンが拷問を受けるシーン。留置場に戻されると悪夢が待ち受ける。
2.悪夢
女生徒のファンレイシンが目を覚ますと、大雨の中、夜の教室に一人取り残されていた。
後輩のウェイジョンティンが現れ、一緒に校舎のなかを回る。至る所にお札が貼られ、荒れ果てた様子となっている。
歯と片目のない用務員や制服・制帽姿の怪物に追われ、逃げた先で読書会のメンバーを探しあてる。彼らはファンレイシンが密告したと口にする。知らない、何も覚えていないと彼女は叫ぶ。
3.読書会
悪夢と現実が交錯し、読書会に起きた事件が次第に明らかになる。
ファンレイシンの家庭では、軍人の父が母に暴力をふるう。母は父の汚職を密告し、父は憲兵に連行される。動揺するファンレイシン。生活指導にあたるチャン教師への思慕を強めていく。女教師のインは、読書会に影響が及ぶのを恐れ、生活指導をやめるようチャン教師を諫める。ファンレイシンは疎ましく思い、ウェイジョンティンに頼んで発禁本を手に入れ、イン教師を密告する。
4.決意
自分が密告したこと。イン教師をけん制しただけのつもりが、読書会のメンバーが次々と拘束され、処刑されたこと。ファンレイシンは、悪夢の中で、痛みとともに思い出す。彼女は激しく後悔する。
怪物は公権力の象徴なのであろう。彼女は怪物に捕まえられ、また忘れてしまえと迫られるが、忘れないと叫ぶ。つらい過去であるがもう忘れない。その声に怪物はひるみ、そのすきに彼女は逃げる。ファンジョンティンを学校の外に逃がし、自分は学校に留まる。現実の世界で彼は、生き残る決意をし、自白を始める。
5.生き残る
時が流れ、年老いたウェイジョンティンは、取り壊される予定の校舎に赴く。そこには女学生の姿のままのファンレイシンがいる。彼は約束を守り、処刑されたチャン教師から託された手紙を彼女に渡す。
これは贖罪の物語である。
白色テロは多くの人々、その家族、友人たちを弾圧し、苦しめた。しかしそれだけではなく、密告した者、拘束され拷問を受け、自白させられた人々も、長く罪の意識に苛まれたであろう。
その贖罪は、生き延びること、記憶すること、忘れないことなのだと、この映画は訴える。
だがそれは、当事者にとって血を吐くような、苦しみに満ちたものであろう。
「返校」は、ヒットした同名のゲームの実写映画化である。台湾のアカデミー賞である金馬賞において、2019年最優秀新人監督賞など5部門で受賞するなど高い評価を受けた。近年、「流麻溝十五号」など白色テロ時代にスポットをあてた作品が公開されている。
いまだ語られていない事実、語るべき事柄が多くあるだろう。歴史を語り継ぐことの大切さを思う。