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明日を楽しみに眠る
夕方になると、双子の娘たち(7歳)が言う。
「あー、明日が楽しみ!」
はじめてこの発言を聞いたのは去年のゴールデンウィーク前だった。小学校に上がったばかりで、彼女たちにとっては目新しいことが数えきれないほどあった時期だ。
あまりにも嬉しそうな表情をして言うので、わたしは聞いてみた。
「なんで? 明日、学校でなにかあるの?」
翌日は平日で、放課後に予定があるわけではなかった。学校からとくに行事の連絡もない。彼女たちが楽しみだと感じるなにがあるのかと不思議に思った。
「ううん、なんもないよ。でも、なにが起こるんかなあって、とにかく明日が楽しみやねん」
二人は揃って答えた。大人ウケを狙って清らかな答えを用意したようには見えない。心の底から明日が来ることを楽しみにしているのだとわかった。
わたしは驚き、そしてちょっとくらくらした。子どもってこういうものなんだ、という実感が押し寄せてきた。
とくに予定がないにもかかわらず、明日が楽しみすぎて眠れない──そんな日がわたしにはいつ訪れたかと考えてみても、思い出せない。朝になったらなにが起こるかと胸を高鳴らせすぎた夜なんて、そもそもあったのだろうか。記憶の先にはもやがかかっている。
物事の分別がしっかりとつく頃にはもう、翌日にそれほど大きな期待を寄せない暮らしをしていたように思う。いろいろあるけど今日の続きが明日。朝起きたときに発生するあれやこれやをうっすら予測できそうな、心が躍ることの少ない日々だった。
大人になるってきっとそういうことなのだと納得しようとしていた。
けれど、黒目にたっぷりと光をためた娘たちを見ていたら、うらやましくなった。きらきらしたその瞳に映っているのはキッチンのペンダントライトだけではないだろう。
ああ、わたしも「なにもないけど明日が楽しみすぎる!」って言ってみたい。どこかに落としてきたに違いないワクワクを、今さらながらに感じてみたい。
よし、まずは言霊の力を借りてみよう。
「ママも明日が楽しみになってきたよ! なにもないけど!」
寝る前、わたしが言うと、娘たちはお布団の上で顔を見合わせて笑った。わたしもなんだか愉快になってきた。
幸せとは。生きる意味とは。難しいことを考えたら気が遠くなったり、落ち込んだりするけれど、答えは案外すぐそこに転がっているのかもしれない。