『花殺し月の殺人』|映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」の原作本に圧倒される
『花殺し月の殺人』。
まずタイトルが素晴らしいです。甘美である一方、残酷さも感じられます。「花殺し月」の意味については、オクラホマ州オセージ族保留地において、5月になると背の高い草が生え、小花の光と水を吸い取る≒小花の命を奪い取ってしまうことが由来だそうです。
なお『花殺し月の殺人』に続く、サブタイトルには「インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」とあります。
インディアン連続怪死事件はまだしも、FBIの誕生?
更に、マーティン・スコセッシ監督で映画化!?
レオナルド・ディカプリオやロバート・デ・ニーロも出演しているの!?
これは早速読まないと……と手に取ったわけですが、読み始めたら途中で止めることができなくて朝になってしまいました。
久々の徹夜本です。
著者は、アメリカのジャーナリストであるデイヴィッド・グラン。ジョージ・ポーク賞の他、多くの受賞歴がある実力派です。
丹念に取材を積み重ね、「真実」を追い求めていきます。本作の事件もたった100年前の出来事なのに、「真実」は無限に散らばったパズルのピース。未だに解明されていないことも多いです。
誰もが目を背けたくなるような出来事だった面もあるからです。
不穏。
連続殺人事件の前提として、オセージ族というインディアンの特異なポジションがあります。
アメリカの開拓史で、白人がネイティブ・アメリカのインディアンを迫害していたのは誰もが知っている事実でしょう。
オセージ族も例外ではありません。
肥沃な大地から、アメリカの最も荒れた僻地にオセージ族を押し込めます。
岩山だらけなので農業もできません。
しかし、この場所で油田が発見されました。
オセージ族は全米でも屈指の富裕層となります。白人を使用人として雇い、11人に1台の車を所有する時代でも、オセージ族は1人に11台の車を所有していると言われていました。
当然、白人側としては面白くはないでしょう。
事件が起こる素地としては、じゅうぶん過ぎるほどありますし、実際怪死が相次ぎました。
下手人不明で、後頭部を撃たれ死亡する者、ウィスキーを飲んで不可解な死を遂げる者、徐々に身体が弱る毒を盛られている者……。
明らかに「何か」が起こっているのに、警察や政治家などの動きも鈍いです。
腐敗しきっているからです。
オセージ族が私立探偵を雇っても、一向に解決しません。
そうした中、後に連邦捜査局(FBI)となる捜査局がついに動き始めます。
29歳の若さで捜査局の長官に就いたジョン・エドガー・フーヴァーは、昔かたぎの法務行官トム・ホワイトをリーダーに任命し、現地へ向かわせますが……。
著者はルポルタージュの手法で、インディアン連続怪死事件の結末まで描いていきます。
クライマックスは生々しい人間像が浮かび上がり、映画を監督するマーティン・スコセッシの琴線に触れたのは、こうした部分なのだろうなと思いました。
しかしながら、この原作は事件が解決しても終わりません。
3部構成になっており、最後の章「記録」が残っています。
ここでは、著者が現存する事件の遺族関係者に会ったり、より俯瞰的な視点で「事件」が綴られます。
新しく見えてきた「事実」は大変な衝撃で、著者にとってもどう扱って良いか悩んだはずです。いわばオセロの角を取られて、一気に盤面が反転してしまうイメージです。しかしながら、著者は戸惑いとともに真摯に伝えてくれます。インディアン連続怪死事件は過去の出来事ではありますが、繰り返さないためにもボールは現代に生きる我々にあるのです。
さて、『花殺し月の殺人』をもとにした映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』では、法務行官トム・ホワイトが主人公ではありません。
次々と身内が殺されるオセージ族の女性・モーリーと結婚する、白人のアーネスト・バークハートが主人公です。
レオナルド・ディカプリオ演じるアーネストは、原作の中でも最重要人物ですが、感情移入できる主人公ではありません。
困難に立ち向かう法務行官トム・ホワイトが、ふつうであれば映画の主人公になるはずですが、ここがスコセッシ流の「ひねり」なのでしょうね。
かなり苦味のある映画になりそうで、傑作の予感がしています。
なお、原作で度々登場している初代FBI長官、ジョン・エドガー・フーヴァーが映画の方では、いまのところクレジットが見当たりません。
サプライズ的に登場するのか、あるいは作劇上、完全にばっさりカットしてしまったのか、ここも密かな映画の楽しみです。
【追記:2023.10.26】
本日、映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を観てきました!
オスカー候補と言われぐらいの作品なので、やはり傑作でしたね。真の悪党であるヘイル役のロバート・デ・ニーロは言わずもがなで、悪さを繰り返すアーネスト・バークハート役のレオナルド・ディカプリオの演技が素晴らしかったです。
愛か欲望かの葛藤。
けれど、ずるずると欲望が勝ってしまう……。
本来映画の主人公にはならないような小人物ではありますが、「人間」がきっちり描けているので、感情移入できます。人間は誰しも、良い面も悪い面もあります。すべてあるのが人間なのだと。
3時間半の大変長い映画でもあっという間。様々な情報・要素がぎっしりと詰め込まれているので、何度でも観たくなる映画でした!
追伸。
全く種類の違う本ですが、船戸与一の『蝦夷地別件』も少し思い出しました。
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