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おそるおそるの社会復帰③

〈前回までのあらすじ〉
過去記事を貼り付ける方法が分からないため、前回までのあらすじをまとめます。

人と関わることがこわくなり、「社会へとつながるドア」を閉じてしまった私。専業主婦とはいえなんとなく引きこもり状態になっていたが、このたび意を決して「統計調査員」という仕事を始めることに。市役所から「農家さんを一軒一軒回って、聞き取り調査をしてきてください」というミッションをいただいた私は、おそるおそる農家さんの集まる集落へと足を踏み入れたのでした。


見知らぬ家のドアのチャイムを押す瞬間は、本当に緊張します。人が出てきてくれないと仕事にならないのですが、なぜか「留守でありますように」と心のどこかで思ってしまう。そしてお留守だとホッとしてしまったりする。

それだけにね、ピンポーンと押した後に家の奥からガサゴソと音がすると、「うわ、いる」と緊張が体じゅうを走り抜ける。玄関がすりガラスの引き戸になっている家が多くて、ゴソゴソと音がした後にしばらく待っていると、すりガラスの向こう側に人影が現れます。そして次の瞬間、ついにガラガラと引き戸が開かれ、けげんそうな顔をした家人が登場。

「何のご用ですか?」とけげんそうな顔のまま聞かれるので、「農林水産省が農家さんを対象にした調査を実施中でして、聞き取り調査のために訪問いたしました」と市役所で受けた研修のとおりに用件をお伝えしてみる私。ここが一番の緊張どころなのですが、この時点で本当にいろいろな反応をされます。

「分かりましたよ」と淡々と応じてくださる方もいらっしゃるのですが、まあ、あまりいい顔をされないことだって少なからずあり。

「うちはいいですから」とドアを閉められそうになった時は、「押し売りではないんです」と泣きべそをかきたくなりますが、いい大人が泣くわけにはいかないので、まあなんとか調査の必要性をしどろもどろに説明します。すると、しぶしぶ聞き取り調査に応じてくださることもあるのですが、こういう「しぶしぶ派」は明らかに面倒くさそうな態度を取るので、こちらもご機嫌を損ねないように必死。最後の質問にたどりつくまでの間、「どうかこの人の怒りスイッチを押しませんように。どうかドアを閉められませんように」と冷や汗をかきながら、ひたすら低姿勢で質問を繰り出していきます。

あとはね、強盗事件などがあちこちで多発していることもあり、思いきり警戒されることもなきにしもあらず、でした。警戒されることは自分としては想定内でしたが、「調査に来ました」とかくかくしかじかと用件を説明したとたん、無言でドアを閉められた時はさすがに悲しかった。え~どうしよう。涙をこらえながら呆然と立ち尽くしていたら、またそろ~っとドアが開き、「調査とか言っていろいろ聞かれるのこわいです。最近いろいろな事件があるから」と言われました。何を言われてもいいんです。この時はもう、またドアを開けてくれてよかった、という安堵感しかありませんでした。

このチャンスを無駄にするわけにはいきません。
「分かります。こわくて当然です。ご不安でしたら市役所にお電話してご確認してください」と声が震えそうになりながらも必死でお伝えしたところ、「世帯構成員など個人情報は絶対に答えたくないが、畑の面積などなら答えてもよい」と調査に応じてくださいました。はあ~よかった。まあでも、このお方の反応は、まっとうなご反応だと思うんですよね。警戒することは大切。心からそう思いその気持ちをそのままお伝えしたところ、別れ際には何度も「疑ったりしてごめんなさいね」と謝ってくださいました。

とまあ、いろいろあったのですが、すべての農家さんを回って感じた感想は、「冷たい人もいたけれど、優しい人の方が多かった」なのです。

最初のうちは、すべての家が私をにらみつけて建っているように感じられて、すべての家に得体の知れない威圧感を感じていた。あとね、農家さんの集落あるあるなのかもしれませんが、とにかく同じ名字が多い。山田さんという家があったなら、次の家もまた次の家も延々と山田家が続くのです。だいたい六軒くらいかなあ。で、田中さんという家があったらまたまた、田中さん田中さん、と続く。これがね、なにか一族郎党が集まっております、みたいな迫力があって圧倒されました。

仮にね、私が一族郎党の長老的な人を怒らせてしまったとする。そうすると、長老から親戚一同にお達しが下るのではないか、と妄想してしまうわけです。「あの怪しい調査員には関わるな」と。すると私は、どの家に行っても冷たく追い返されることになるかもしれない。そうなるともう調査はどころではありません。市役所には「どの家も調査に協力してくれませんでした」と前代未聞のみじめな報告をすることとなり、その結果私は「使えないやつ」と早々にクビになってしまうかもしれない。

と、こんな悲しすぎる妄想が頭をよぎることがあり、調査が軌道に乗るまでは、ミッションが無事コンプリートできるのか、毎日不安で不安でたまりませんでした。妄想がエスカレートした時は、すべての農家さんを敵に回したような気持ちになり、スーパーの野菜売場で野菜に農家さんの名前が書いてあるのを目にしただけで、たとえそれが見知らぬ農家さんの名前であったとしても、吐き気がしたことすらありました。いやはや、私の妄想力、ちょっと重症です。

とはいえ、逃げるわけにはいきません。調査報告の締め切り日が近づいてくると、どんなに不安でも前に進むしかなくて、どんなにこわくてもチャイムを押し続けるしかなくて、がむしゃらに家々を訪問しまくりました。

そうしたらね、どちらかというと、優しく調査に応じてくれる人の方が多いことに気づいたのです。一族郎党の長老がどうのこうのという私の妄想は完全に妄想だった、ということが、数をこなせばこなすほどはっきりしてくるのです。

もちろん、そっけない対応をされることだってあります。でも、ある程度回り終えた今思うのは、そっけない人1に対して優しい人2ぐらいの割合だったなあと。そっけない人が二人くらい続くと、私の何がいけないのかと自信を失いそうになるのですが、そのあと優しい人が三人くらい続くと、自然と元気を取り戻せたり。本当にそんなことの繰り返しでした。

思うのですが、もし冷たい人が二人続いた時点で、「この先も冷たい人しかいないだろう」と決めつけて前へ進むことをやめてしまったら、そうしたら、その後に出会えるはずだった優しい人たちには出会えないままということになってしまう。これって、仕事に限らず人生すべてにおいて言えることなのではないだろうか、と思ったりするわけです。

そう。すべての人が冷たい、なんてことはあり得ない。自分がいつもいつも失敗する、なんてこともあり得ない。仮にそう感じるのだとしても、それはまだ数をこなしていないから。それだけのことなのかもしれない。

対人トラブルが次から次へと続き、「次に出会う人ともどうせうまくいかないんだ」と人と関わるのをやめてしまった私。自分がダメ人間だから何をやってもダメなんだ、と自信を失っていた私。そんな私だったのだけれど、調査員として経験を積むうちにふんわりと、「悪いことばかりでもないんだよね」とごくごく自然に思えるようになってきている。

対人関係だって冷静に振り返ってみると、トラブルの方がインパクトが大きいからついついトラブルだらけだったような錯覚に陥ってしまっていたのだけれど、よくよく考えてみたら、トラブルにはならない関係だってあったのではないだろうか。

うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。気の合う人もいれば、気の合わない人もいる。気の合う人とだって、仲のよい時期もあればケンカしたり気まずくなったりする時期もある。人生だって、うまくいく時期もあれば、なにをやってもうまくいかない時期もある。

こわくてもチャイムを押し続けた結果、私は「うまくいかないこともあるかもしれないけれど、世の中決して悪いことばかりではない」というごくごく当たり前の真実に、ようやく気づくことができた。今だって、人と関わることはこわい。でもこの仕事を始めてからは、引きこもっていた頃よりもいくらか視界が開けたような感じがしてきている。

「社会へとつながるドア」を開けてみたら、ドアの向こうには見たこともない景色が広がっていた。悪いこともあれば良いこともある、色とりどりの人間ドラマ。そんな悲喜こもごものドラマを、私はこれから少しずつ楽しめるようになっていきたい。おそるおそるでいい。これからも私は、勇気を出してドアの前に立ってみようと思う。そして緊張しながらも大きく深呼吸して、ドアのチャイムを鳴らしていこうと思っている。

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