雨にうたわれた日本文化の情景
梅雨は蒸し暑い。どんよりとした空が気持ちを暗くする、などと思いがちだ。けれど日本では1年を通じてよく雨が降る。わたしたちのご先祖さんは自然を見ながら生きてきた。雨を観察し、いろいろな種類に分類し、季語などの雨の文化が定着した。俳句の季語にも使われる雨。近頃は俳句が国際化し、各国の文化で季語も多様化しているに違いない。それにともない、外国の優秀な日本文化研究者や愛好家は、舞台芸術、俳句や浮世絵にも登場する雨の文化を深く敬愛する人も少なくない。雨の種類を表現する日本語もいろいろとあり、情緒豊かに表現している。そこで日本の雨文化について、ご一緒に考察してみたい。
雨にまつわる詩情豊かな日本文化。和歌、俳句、ことわざ、お菓子、日本料理、水墨画、日本画や浮世絵…日本は雨がいっぱいあった。
雨を現わす言葉がこんなにある、表現豊かな日本語と日本文化
四季の気候とともに暮らしのあった日本では、特有の感性に結び付き、憂鬱な雨を楽しみに変えてきた。四季の雨にまつわる日本語の表現はあまりに多いので、ここではこれから季節を迎える夏の雨にちなんだ表現を抜粋してお届けする。
《夏の雨》
青時雨(あおしぐれ)
木々の青葉からしたたり落ちる水滴を時雨に見立てたことば。また、青葉若葉のころの時雨のような通り雨。時雨は、本来は冬の季語だが、青葉の「青」を頭につけ、夏の雨の意としている。
「目に青葉」といわれる初夏は、青葉若葉がひときわ美しく際立つ季節。雨や霧や朝霧にぬれた木々の若葉の美しさが目に浮かぶことば。
五月雨(さみだれ)
梅雨時に降る雨。田植えの頃の雨。
梅雨(つゆ)
夏至(6月21日)頃の前後(太陽暦6月10日頃から7月20日頃)にかけ降りつづく長雨。中国長江流域、朝鮮半島南部、日本にのみ起こる現象。この頃日本付近では、冷たいオホーツク高気圧からの北東風が前線に吹きつけ、梅雨前線を停滞させ、長雨をもたらす。
夏時雨(なつしぐれ)
夏に時雨のように静かに降ったり、止んだりする雨。「時雨」は冬の季語。
慈雨(じう)
旱魃の時などに待ちに待った作物や草木を潤す恵みの雨。夏の暑さでぐったりしている時に降ってくる雨。
驟雨(しゅうう)
急に降り出したかと思うと、直ぐに止んでしまう大粒の夕立など。
雨冷え(あまびえ)
雨が降り寒さを感じる事。秋の季語。梅雨時の雨で寒さを感じる事を梅雨寒(つゆざむ)と言う。
雨はいろいろなことわざとして、暮らしの知恵がつまった教科書
●「雨に濡れて露おそろしからず」(あめにぬれて つゆおそろしからず)
大きな災難を経験した人は、少々の困難にはくじけない。
●「雨垂れ石を穿つ」 (あまだれ いしをうがつ)
小さな努力も辛抱強く続けていけば、いつかは必ず成功する。
●「雨晴れて笠を忘れる」(あめはれて かさをわすれる)
苦しみが過ぎれば、すぐに受けた恩を忘れてしまう。
●「雨降って地固まる」(あめふって じ かたまる)
もめごとの後に理解が深まったりして、悪い事態が好転する。
※抜粋です。ほかにも各地に伝わる雨のことわざがあるだろうと思う。
万葉集、俳句にみる、詩情ゆたかな雨の情景
平安時代、今の梅雨時期の雨は「五月雨(さみだれ)」と呼ばれていたという。「さ」は神聖な稲にかかわる言葉、あるいは五月(皐月)の「さ」、
「みだれ」は「水垂れ」の意だという説である。
万葉集で雨の歌が130首近く登場するが、単なる雨と詠われているのが
70首、春雨23首、時雨、26首、村雨、雨霧などがある。その中からいくつかの情景の歌をご紹介させていただく。
夏まけて 咲きたる はねず ひさかたの
雨うち降らば うつろひなむか 」
巻8-1485 大伴家持
夏を待ちうけてやっと咲いたはねず、 そのはねずの花は雨でも降ったら色があせてしまうのではないか…
夏まけての「まく」は、時期が来るのを待ち受けるの意、ここでは夏到来
うつろふは、散る、色褪せる
せっかく咲いた可憐な花をいたわり、いつくしんでいる心優しい作者だ。
はねず:通説は春咲く庭梅とされるが、モクレン、芙蓉、山梨、ざくろ、露草など諸説あり。ここでは夏の花とされているので大柄の芙蓉が相応しいかの解釈(?)もあるらしい。
ひさかたの 雨は降りしく なでしこが
いや初花に 恋しき我が背 」
巻20-4443 大伴家持
ひさかたの雨はしとしと降り続いている。しかし撫子は今咲いた花ように初々しく、その花さながらにあなた様に心惹かれる。)
ひさかたのは、雨の枕詞 天、月、都などにも掛かるひさかた(久方)は久遠の彼方の天空。天の広大無窮を表す褒め言葉とされる。
※755年、6月の終わりころ、公用で都に来ていた大原今城が任を終えて
上総に戻るにあたり、家持の屋敷で送別の宴を催したときの4首の中の1。
今城と家持はお互い信頼し合う友。いつまでも貴方さまを忘れることはありませんと、心こもる送辞である。
雨が好きだった歌人、若山牧水の一文
うす日さす 梅雨の晴間に 鳴く虫の
住みぬる声は 庭に起これり
若山牧水
どんより曇った日は、鬱陶しく、
静かに四辺(あたり)を濡らして降りだしてきた雨を見ると漸(ようや)く手足もそれぞれの場所に返ったように身がしまってくる
中略
雨はよく季節を教へる。だから季節のかわり目ごろの雨が心にとまる。
梅のころ、若葉のころ、または冬のはじめの時雨など。
梅の花のつぼみの綻びそむるころ、消え残りの雪のうへに降る強降の
あたたかい雨がある。桜の花の散りすぎたころの草木のうへに、またわが家の屋根、うち渡す屋並みの屋根に、列を乱さず降りゐる雨の明るさはまことに好ましいものである。
しゃあしゃあと降るもよく、ひっそりと草木の葉末に露を宿して降るもよい
※「なまけ者と雨」 日本の名随筆 雨 作品社所収
和菓子《雨上がり》の和菓子は各地に点在している
和菓子もあ目をテーマに開発されたものが全国各地に点在する。ここでは全国菓子工業組合連合の和菓子《雨上がり》をご紹介させていただきたい。
和菓子職人が表現する、雨
『雨霽る(あめはれる)』 横山大観
歌川広重の代表作「名所江戸百景《大はしあたけの夕立》」
参考にさせていただいた文献
レインスタイル/雨のこと(KINKAME.INC)
万葉集遊楽:万葉集その七百四十二 (雨の歌)
後書
雨を取り上げたこの企画では、雨のアイテムがあまりにも多く、スペースの関係で書きたかったものを取り上げることができなかった。たとえば、雨をテーマに描いた文学、音楽、映画などである。また近いうちに、この続編として取りこぼしたアイテムの執筆を計画したい。