自殺できない
ずっと死にたいと思っていた。
SRSを終えて戸籍変更も済ませて、
名実ともにれっきとした女性になれたら、
そのまま『身元不明の女性の遺体』に
なるつもりだった。
生きる気力なんてまったく無くて、
ただ、死亡者リストに
男性1名と記されるのがイヤだから
仕方なく生きているありさま。
待ち切れなくて死ぬのなら、
遺体は永遠に発見されないか、
すくなくとも性別の判別は不可能なくらい
腐乱しているか白骨化しているかの
どちらかしか許せなかった。
それでいて、
自分がこの世を去った後でまで、
自分の性別を気にしているぶざまさが
自己嫌悪の対象にもなった。
けっきょく、
女性になりたい、という以上に、
『男性でいることが許せない』
という感覚が強いと、
どう転んでも支離滅裂な自己嫌悪に
ひたすら付き纏われることになるし、
それでいて、
外科手術や書類作成では
『完全な女性』には
なれるはずもないことも
あらかじめ知ってしまっているから、
どうしたって、
『生きかた』ではなく
『死にかた』を考える人生になる。
生身の女性たちから
後ろ指をさされるような
(冷たい視線で刺されるような)
『中途半端な女性もどき』にしか
なれないのなら、
『男ではない』状態を実現できた時点で、
身の始末を付けるべきだ、
という答えになる。
(ならざるを得ない)
そんな苦しい葛藤、
地獄の底にいた日々のことを、
どうしても思い出してしまって。
あぁもう!
いまのわたしの身の上に起こったことは、
はっきり言って
奇跡以外の何物でもない。
確実に女性に見える容姿、
確実に女性に聴こえる、どころか、
生身の女性たちにまったく負けてない歌声。
あたしの歌声を聴いて、
男性だと想像する人は
ひとりもいないでしょう。
あぁもう!!
いまだって自殺願望は尽きないし、
いまだって生まれてこなければよかったと
ふつうに思う。
この世に存在すること、というか、
『この世が存在すること』そのものが、
度し難い害悪だとしか、思えない。
でもさ、
あたしの身の上には
ありえないほどの奇跡が起こって、
よほど特殊な状況(※股間の形状が問題になる場面および公的書類が必要になる場面)でなければ、
あたしは女性以外の何物でもなく、
何の変哲もないただの女だ。
そうして、
ご存知のとおり、
股間の形状は外科手術で、
公的書類は正規の手続きを踏むことで、
変えたければ変えられる。
つまり、
あたしが心底、嫌悪していた
『男性のわたし』は、
もぅこの世には存在しない─────。
この現実、
奇跡だろうと何だろうと、
もぅ少し、達成感を持ってもいいし、
もぅ少し、感謝するべきなのだろうと、
自分でも思う。
そうして、
背後を振り返れば、
わたしがかつて悩み苦しんだ場所に、
いま現実に嵌まり込んでしまって
抜け出せなくなってしまっている
“同胞”がいて。
しかし、
わたしには救う方法なんてないのだ。
あのね、
わたしが上手くいったのは
(奇跡が起こったのは)
日ごろの行いがよかったから、
なんて口が裂けても言いたくない!
○○が△△だったから、
的な理屈は、
一切、口にしたくない。
あたしだけ、
地獄の底から救い出されてしまって。
でも地獄には“同胞”が残されていて。
救う方法なんて無くて。
目を塞ぎ、耳を塞ぎたくなる阿鼻叫喚。
でも、あたしひとり、こんなにも恵まれてしまっている状況では、どれほどこの世を嫌悪していても、自殺なんてできない。
お願いだから、あたしのことを逆恨みしてください。あたしは苦しくとも女性として天寿を全うすることにします。
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