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30年先の未来は見えないけれど
MBA獣医師との出会い
米国ミネソタ大学でフェテロー博士に出会いました。酪農の獣医師で、酪農家のために経営指導が必須と信じて、ビジネス・スクールで経営学を学びMBA(Master of Business & Administration)を取得したユニークな人でした。私はまだ大学院生になったばかりでした。
彼は院生を集めた特別講義で、自分の未来をイメージせよという話をしてくれました。彼の講義は、人生(Life)は3つ:個人と家族そして職業人としての人生(personal life, family life & professional life)だということから始まりました。獣医学部で病気と動物科学しか勉強していなかった私はその内容に惹きつけられました。再就職のあてもなく、会社を退職し渡米していた私は、未来は見えず人生は波乱含みかという不安を持っていたからです。
白い紙
特別講義に30人ほどの大学院生が集まりました。フェテロー博士はまず全員にA4の白い紙を渡しました。そして言いました。
「最上の横行(row)に1年後、3年後、5年後、10年後、20年後、30年後と書きなさい」
「次に最左端の縦列 (column)として上から10の項目を書きなさい。大切な柱だ(表参照)。」
「それらは家族、子供の教育、買うものと負債、卒後教育、職業、自分の所属する業界内外での関係、家族旅行、読書、趣味と運動、コミュニティへの奉仕と貢献だ」
専門と仕事のことしか頭になく、ものを買ったり借金や家族旅行や読書や趣味までもが人生の柱とは思っていなかった私は、うろたえた覚えがあります。でも今なら、「豊かな人生」「人生の楽しさ "enjoy"」という意味から納得します。白い紙はまさに未来です。
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まず家族
白い紙のトップは家族です。妻と子供の名前を書き、妻の場合には妻用イベント(例、誕生日や結婚記念日)が入り、子供の場合は小中高への就学を入れます。なお集まった院生は90%が既婚者または婚約者持ちです。
子供の教育では、大学進学の年が最重要です。とくに1人目の子供の大学進学から数年間が最もお金がかかる時期となります。この時期に自分の可処分所得が最高になるように、負債を少なくして、資産を形成していく必要があるからです。その後は、引退後の蓄えが最重要の課題となります。
フェテロー博士のいう通りに、表を作っていくと、人生の出費時期を見据えての資産形成の大切さがよくわかります。資産形成は個人と家族に関わってきます。
大きな買い物は家と自動車です。とくに家をいつ買うのかは、人生の大きな決断と言われました。持ち家は家賃が不要になり、米国では手入れ次第で高く売ることもできる大きな資産です。でも負債もできます。なお負債には学生時代のローンも入ってきます。
卒後教育
卒後教育 (Post graduate education)というのは、高校または大学を卒業した後の自分への教育です。職業人としての何をどのように勉強してゆくのかをイメージするのです。
副項目が4つあります。大学での学位 (学士・修士または博士)、専門の学校、新しい技術、そして専門力の育成です。専門力の育成とは、自分の専門分野での勉強会、専門家の集まりなどです。
経営の勉強をしたり、法律や会計の勉強をしたり、専門分野を基礎から勉強する時には、米国では大学の学位が最強です。しかし大学での学位取得は、時間とお金がかかります。教育への投資効果は場合によるのです。とくに博士号は長期間かけて取得してもそれに見合う職が得れない場合も多くあります。
通信講座や仕事をしながらの夜間学校やサマー学校は上記のリスクを避け、新しい勉強ができます。多くのアメリカ人がやっていました。
なっていたい職業と分野
院生にとって未来の職業を書くのは難しい。院生の研究助手の身分は一時的です。就職先によっては予想もしなかった未来が待っています。まさに私たちに未来は見えないのです。どうイメージすればいいのかわからない人がほとんどでした。
フェテロー博士は何年か後に、「なっていたい職業とその分野」をイメージして書きなさいと教えてくれました。どの分野かが大切だと教えてくれました。希望職種「社長」や「大学教員」では不十分なのです。例えば、「獣医繁殖学の大学教員」とすれば、今何を学ぶべきか、卒後教育で何をすればいいかがはっきりするからです。
次に所属組織の外での活動です。狭い職場の人間関係を離れて、他の組織や業界の人に会い話し、違った観点でものを見ることできます。
豊かな人生のために
家族旅行は人生の大切なイベントです。子供はすぐに思春期そして成人になるので、子供を連れての家族旅行の機会は、人生で20回もないのです。
個人ライフとしての読書と趣味や運動は大切な柱であるとフェテロー博士は言いました。人生が豊かになるような趣味を見つけ、また健康を維持する軽運動をすべきなのです。専門以外の読書についても、計画を立て読むべきなのです。そしてCommunityという近所や地域への貢献は米国では大切です。日本でも地元愛は大切です。
最後にフェテロー博士は言いました。
「人生の展望 (Vision)と価値観 (Values)、職業人としての使命 (Mission)も忘れずに」
上記の表を作ってくると、それまで難しいと思っていた展望・価値観・使命感も具体的にイメージできます。
人生の満足度と成功を決めるもの
フェテロー博士は人生をイメージして生きた人のほうが、そうでない人より、人生の満足度も成功度も高いと言い切りました。
その根拠は、30年前に卒業した人への調査で、学生時代の成績指標値(Grade point average: GPA)、現在の年収(これが成功度の指標)と学生時代に何を考えていたかの調査結果でした。まず学生時代の成績は、人生の成功度つまり年収にも満足度には全く関係がなかったのです。そして学生時代から人生をイメージし計画し生きてきた人は、30年後に人生への満足度も成功度も高かったのです。
半生を反省
フェテロー博士の講義を聞いて、自らの半生で何が間違っていたのか気づきました。学生時代は芒洋とした未来しか描けず、獣医師国家試験をパスするだけの勉強でした。卒後を見据えた分野や方向への努力が不足していました。さらに卒業後はキャリアを
どう展開するのかわからず、初めに就職した会社で漫然と過ごしてしまったのです。幸運は空からは降ってこないのです。
なりたい自分ありたい人生
フェテロー博士の講義を受けた日から、教えてもらったライフ表を自分なりに作成しました。以後毎年1月3日にライフ・イメージングと名付けて改訂追加してきました。なりたい自分、ありたい人生を具体的にイメージしていくのです。これが人生の指針となりました。
あれから30年、予想できないことは常に起こりました。しかし不思議なことに、人生は自分のイメージした方向に進んでいくのです。
30年前の波乱の人生という想像とは違って、私は堅実平凡な人生を送りました。家族ライフは成功といえるでしょう。でも職業人としては少し後悔が残ります。もっと野心的な職業人の人生をイメージすればよかったかなあ、とも思います。個人ライフとしては楽しみが少ない。でもまだ時間はあるのです。人生に遅すぎることはないのです。次の30年はもっとエンジョイし、野心を持ちチャンスを活かす人生をイメージしようとしています。