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スキは少ないけどコメント多い、みたいな生き方
noteを書いていて、思うのです。
スキがつくと嬉しいなーと。
そのスキが、たくさんつくともっと嬉しいなと。
あれよあれよという間にスキが100を越したりして、たくさんの人にわたしの文章が届いて、うん、いいんじゃないと思っていただけることは本当に嬉しい。
ただ、そんなには反響の無い、ちょっと尖ったこと書いちゃった記事に「めちゃくちゃ共感しました」とか「今年1番笑いました」とか「勇気をもらえました」というようなコメントをもらえるのが、ベストオブ嬉しい。
わたしが頭の中で考えていたあれこれを、みんなに満遍なく分かってもらえたら嬉しい。でも、多くの人には刺さらなくても、1人にはしっかり届いて、自分だけじゃなかったんだとホッとしてくれたり、日々の暮らしのちょっとした足しになったりした、かもしれないと思えることに心震えるのです。
実際の対人関係ではもっと如実に、わたしは全方向からのモテを求めていません。
嫌いな人はもちろん、嫌いでも好きでもない、なんとも思っていない人からも、好かれたいとは全くもって思いません。
若い頃、わたしのこの感覚はヘンなのだと思っていました。
だから、周囲に笑顔を振りまき、お世辞を言い、求められている振る舞いを心がけました。
その結果、確かに持て囃されることもあったけれど、同時にそんなに好きでもない人から馴れ馴れしくされたり、やたら上から目線でアドバイスされたりもしました。
結局、心から求めているわけではない利益(のようなもの)を得ても、満たされることはありませんでした。
わたしは、みんなに好かれようとすることを、いつの頃からかすっぱり諦めました。
わたしはわたしでいよう。
それで嫌われたってしょうがない。
会いたくない人には会わない。
嫌なことはきちんと断る。
面白くないときは笑わない。
その代わり、会いたい人には会いたいと言う。
嬉しいお誘いには全力で乗る。
面白いときは涙を流しながら笑う。
そうしたら、嫌いな人はもちろん、嫌いでも好きでもない、なんとも思っていない人にも面白いほど好かれなくなりました。
皆さんおのずと、わたしがちょうどいいと思う距離を保ってくれるようになったのです。
一方、本当に好きだと思っている人には、わたしの好きがちゃんと届いて、わたしの真心を、わたしの言葉に嘘がないことを、信頼してくれるようになりました。
noteも、それでいきたいと思っています。
着飾ったり人の顔色を窺ったりせず、心から思ったことを綴っていこうと思っています。