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【論文紹介】双極性障害~見直されるべき太古の薬~

ご訪問ありがとうございます。

今日は、双極性障害の薬物治療に関する最新の論文を、私個人の見解も交えてお伝えしていきます。やや専門的な内容にはなりますが、ご容赦下さい。

薬ごとの再発入院(躁、うつ)と副作用入院を調べた論文

今回ご紹介する論文はフィンランド発です。6万人(!)もの双極性障害の患者さんで、薬物治療を継続している方を対象としたもの。

平均約8年フォローし、その間に「精神科入院」「非精神科入院」になった方を調べたものです。

「精神科入院」とは、うつ状態躁状態になって入院が必要となった方、つまり薬を飲んでいたにもかかわらず「再発」してしまった方を指します。

「非精神科入院」とは、精神科以外の入院、つまり薬の副作用身体科の治療が必要になり入院になってしまった方を指します。

双極性障害の治療に使われる8種類の薬について、それぞれ低用量標準用量高用量投与されている方に分け、「精神科入院」と「非精神科入院」に至った方を調べています。

躁、うつの再発による入院率を減らせた薬

かいつまんで結果をお伝えすると、まず双極性障害の再発リスクが一番低い薬剤は、炭酸リチウムの低用量、および標準用量で、それぞれ再発リスクは0.65倍と0.61倍。

次に低いのがアリピプラゾール(エビリファイ)の標準用量(13.5-16.5mg)で再発リスクは0.68倍。

他にオランザピンやリスペリドンといった薬も、それぞれ再発リスクを下げました。意外な結果だったのはクエチアピンが再発リスク低下との関連性が認められなかったこと(あまり効かない?)。

またリスペリドンの標準用量・高用量は逆に入院となってしまうケースが多い結果となりました。これは高用量の場合、おそらくうつ状態で入院になってしまうからと思われます。

副作用による入院率が上がらなかった唯一の薬

非精神科入院、つまり身体的な副作用で入院になってしまうケースは、やはり各薬剤とも高用量での投与で軒並み高い数値でした。

副作用の詳細な内容までは明記されていませんでしたが、おそらく糖尿病などによる代謝性疾患、それによる肥満心血管系疾患、がよく知られている副作用です。

しかし、8剤の中で唯一、ある薬だけが高用量を服用しても副作用による入院率を上げないという結果が出ました。

その薬は、炭酸リチウムです。

そればかりか、低用量や標準用量では、むしろ副作用による入院率を下げるという結果が出たのです。

改めて見直すリチウムという薬~(なぜか)敬遠される理由~

リチウムと言えば昔からある古い薬ではありますが、躁うつ病に対して非常に効果がある薬として有名です。

ある調査では、水道水にリチウムが多く含まれている地域の住人は、そうでない地域の住人に比べて自殺率が低いとの研究報告もいくつかあります。

私が所属していた大学の教授も、双極性障害の方へよくリチウムを処方していました。双極性障害の第一人者でもある、順天堂大学の加藤教授も、最近リチウムの有効性に関するNews Letterを配信されていました。

しかし、リチウムが精神科医に敬遠される理由があります。それはリチウム中毒と呼ばれる状態になりうること。

そのため定期的に採血で血中濃度を測る必要があります。他にもいくつか身体的な副作用があるため、一般的には精神科医の間では「使いにくい」薬とされてきました。

しかし今回ご紹介した論文では、むしろリチウムだけが副作用による入院率が上がらなかったというもの。

これは、定期的に採血することで全身状態を把握できているという点と、他の薬にはない体重増加などの代謝的な健康問題がない点が大きいと考察されています。

おわりに~論文の解釈は慎重に~

今回はやや専門的な話にはなりましたが、今回の論文の結果だけを見ると、双極性障害の治療薬として一番推奨されるのは、効果もあり副作用も少ない炭酸リチウムと言えます。

次点でアリピプラゾール(エビリファイ)、こちらも太りやすいなどの代謝系の副作用がなく、効果も実証された結果となりました。

私自身もこの2剤は普段から割と好んで処方しています。繰り返しますが、太りにくく、比較的眠くなりにくく、患者さんにとっても好まれやすい薬と言えると思います。

似たような薬で、ルラシドン(ラツーダ)という薬もありますが、上市されたばかりの薬という事もあり、今回の論文には登場していません。

最後に、今回の論文を懐疑的な視点で検討してみました。

・フィンランド人を対象とした調査で、人種が違えば結果も変わる可能性がある(人種間で薬の代謝酵素に違いがあります)。

・リチウムに関して、(リチウム中毒などの)非精神科入院ハザード比は低い結果であったが、(今回はカウントされていない)入院に至らない程度の副作用が出る方も少なくない(手の震えや消化器症状など)。

・そして何より伝えたいことは、「一人一人ご自分に合う薬は違う」ということ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

参考論文:Dosing levels of antipsychotics and mood stabilizers in bipolar disorder: A Nationwide cohort study on relapse risk and treatment safety.

Acta psychiatrica Scandinavica. 2024 Oct 02; doi: 10.1111/acps.13762.

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