逆境的環境に置かれた青年が描いた「木」
ご訪問ありがとうございます。
※今回は、とある心理検査の話題を扱います。
今後心療内科等で心理検査を受ける予定のある方は、申し訳ありませんが読むのをお控えください。
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深層心理を反映する「一本の木」
「一本の木を描いてください」
と言われて、皆さまならどういった絵をお描きになるでしょうか?
一本の木からその人の無意識の深層心理を探る、
バウムテストという心理検査があります。
言葉による質問形式の心理検査とは違い、
投影法と呼ばれる、被検者が意図して結果を曲げることのできない検査で、かつ簡便に行えるため、よく行われる検査です。
一本の木と言っても人によって本当に様々で、樹冠の形、枝の数や形、幹の太さ、地面や根っこを描くのか、人によっては実のなる木を描いたりします。
また紙面一杯に描くのか、紙面のどこに描くのか、筆圧や書き上げる時間といったところまで見て評価していきます。
青年が描いた驚愕の木
そんなバウムテストを、ある日病院にやってきた
10代のA青年にやってもらいました。幼い子供にも容易に行えるのもバウムテストの良い点ですね。
そしてここからが本題なのですが、
「一本の木を描いてください」とだけ言われたA青年が描きあげた木を見てみると、
なんと「切り株」が描かれていたのです。
寂寥感が漂うその絵を見ていると、驚いたのと同時になんとも言えない胸が締め付けられるような思いを禁じ得ませんでした。
バウムテストにおける一般的な切り株の解釈は、
「自分の力ではどうにもできない心理的な外傷体験の存在を示している」(『樹木画テスト』引用)
と言われています。
逆境的体験が積み重なった青年の生い立ち
逆境的小児期体験(ACEs:Adverse Childhood Experiences)という言葉があります。
虐待やDV、貧困や両親の離婚、家族がアルコールの問題や精神疾患を持つ家庭環境で育てられた子供たちを言います。
そういった環境で育った子供たちは、大人になってからも対人関係や情緒面、行動面で問題が起きたり、他にも社会的な面など様々な問題に直面することになります。
A青年の生い立ちにも、ありとあらゆる逆境的体験が積み重なっていました。
まず本人自身の素因として、精神遅滞があること、診察していても茫乎としていて締まりのない表情で、
語彙が少なく話し方もとても幼いのです。そのためか中学生のころに壮絶ないじめに遭い不登校になりました。
幼いころに両親が離婚し、引き取った親は仕事でほとんど家にいない状態、家族で食卓を囲んだ記憶がないと言います。
これまでに、リストカット、縊首、OD、飛び降り、ありとあらゆる自殺企図行為を繰り返してきました。SNSで見知らぬ大人と一晩を過ごすこともあったそうです。
絶望の中に見えた微かな光
そんなA青年が描いた「切り株」にはもう一つのある特徴がありました。
切り株の断面から、大きな「ひこばえ(新芽)」を描いていたのです。
切り株だけでも珍しいのに、その上「ひこばえ」までも描かれたその絵を見て、本当に描く人がいるんだと、精神科医として身震いする思いがしました。
ひこばえには
「心理的外傷を感じられながらも、無意識のうちに再出発しようと努めている」(樹木画テスト引用)
という深層心理が込められています。
実際にA青年は通院していくうちに、
「自分の思っていることを話してもいいんだ、ということに気がついた」「これからは家族ともっと話してみようと思う」と言うようになっていったのです。
病院で触れ合った人たちを通して、安心して自分の思いを話していいんだということに気が付き、
見違えるように表情は明るくなり、また言葉も前向きになっていったのです。
こうした変化は青少年ならではと言えます。
大人で、ある程度自我が形成されてくると難しいことなのかもしれません。
切り株に込められた抗えない心の傷を抱えつつも、それでもなんとか希望を見出して生きていきたい、
そんなA青年の素直さと柔軟性が「ひこばえ」を芽吹かせたのではないかと思うのです。
最後までお読みいただきありがとうございました。