【小児医療コラム】トラウマの日本小児神経学会
■トラウマになった学会発表
私には絶対に忘れられない先生がいます。
私がまだ研修医の頃に日本小児神経学会の発表がありました。この頃は、学会発表に慣れていないということもあり、終始緊張していたと思います。そして発表が終わると、質問タイムです。発表に対して質問を受け、答えるというところまでが、学会発表の流れです。医局会で何度も予演会をしていただき、上司とも想定していた質問には確実に受け答えできるようにしていましたので、そつなく終わるものと思っていました。ところが――。
「質問よろしいでしょうか?」
挙手をしてくれた人がいました。その方は、TVで優しく穏やかな顔で育児相談されている有名な先生。どんな質問をされるのだろうと緊張していると、まさかの想定外の難解な質問です。こんな質問は、医局会でも上司との予行練習でも出てきていません。頭をフル回転させようとしますが、緊張しているのもあって答えは出てきませんでした。すると、上司が見かねて答えようとしてくれます。私は、上司を片目で見てホッとした時……。
「私は、あなたではなく、学会発表をした君に質問しているんだ!」
と語気を荒め、メガネの奥の眼が殺気を孕んでいました。こんなに怖いことはありません。ですが、何か言葉を言わないと許してもらえないと思い、言葉を絞り出します。
「……わかりません」
言えた言葉はそれだけです。か細い声だったので聞こえたかどうかはわかりませんが、質問をしてきた先生は、今にも殴りだしそうな勢いでこういいました。
「しっかりと勉強しなさい!」
正直なところ、失禁しそうでした。私はそれから、学会で発表することがトラウマになってしまい、7年間日本小児神経学会に出席できませんでした。もちろん、怖いから出たくないとは直接言ってはいません。けど、周りもわかってくれているようでした。日本小児神経学会で怒鳴られた後、周りから「あれはないよな」「TVと全然違うじゃんか」と、同情の声を頂いたので。ただ私は、先生をTVで見るたびに震えていましたし、文字で先生の名前を見るだけでも震えていました。
■トラウマを乗り越えた先にあったもの
恐怖はあったものの、絶対に見返してやる。あの先生の名前を忘れない。忘れるものかという気持ちもありました。
あれから7年が過ぎ、久しぶりに日本小児神経学会から声がかかり、私は学会発表をすることに決めたのです。日本小児神経学会は7年ぶりですが、その間に日本小児科学会には何度も出ています。ですから、研修医の頃に学会発表をしたころの私とは違うはずです。発表が終わった後に、どんな質問が来ても良いように、以前よりも入念に勉強もしておきました。けれど、日本小児神経学会はトラウマもあってか、発表の場に出ると汗が出てきます。しかも、会場にはあの憎き先生の姿も。
緊張感がピークに達する状態で発表を初め、早口になり、予定していた時間よりもだいぶ余ってしまいました。そして、質問タイムです。真っ先に挙手をしたのは、あの先生。
「質問よろしいでしょうか?」
7年前のあの時と同じです。ただ今回の質問は、私が予想していた質問だったため、緊張をしながらも答えることができました。すると先生は、よく調べましたねとお褒めの言葉を言って下さったのです。
その後、学会のロビーで見かけたので、意を決してのご挨拶。先生は7年前のことを引き合いに出されつつ、私のことを再度褒めてくれました。まさか逃げ回っていたとも言えず。見返したいその一心でしたが。たしかにあの時は私が未熟だったのです。それをようやく認められるようになりました。
ただあの先生に褒められたことは今の私の自信となり、成長を感じた瞬間でした。
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