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読了本感想①『この世の喜びよ』/井戸川射子

 もともと詩人の方だということもあってか、思わずはっとさせられるような言葉の使い方や表現などが多々あります。
 ただ、前作『ここはとても速い川』に比べると、そういうキレキレな表現は少ないような印象です。

 そして、なんといっても本作の特徴は、二人称を採用したことだと思います。
『近くから見守り過ぎて、昔は主語や人称さえ混ざってしまっていた』と、娘たち二人のことを語るシーンが文中にあるのが、その理由のヒントになると思います。

 これはあくまで私見ですが、その理由は、「主人公を含めた女性全体を包括的に見守ることが出来る視点」を確保するため、ではないでしょうか。

 主人公の穂賀さん、その娘二人やショッピングセンターで出会った少女、あるいは穂賀さんの母親や、娘たちや少女の未来の娘。
 そういった人々によって連綿と引き継がれてきた/いく「女性」性。あるいは「母娘」関係。そういったものを暖かく見守る超越的な視点として、「あなた」が採用されたのではないでしょうか。
 一人称では自分だけの狭い話になってしまうし、三人称ではどうしたって他人事過ぎる。その中間の、丁度いい距離感の眼差しとして、採用されたのではないでしょうか。

 要するに、私小説的な一人称の視点より、ほんの少しだけ高いところに視座を据えようとした工夫としての、そして、そのことによって作品の射程をももう一段階伸ばそうとした結果としての、「あなた」ではないかと思ったのです。

 ……もちろんあくまで私見ですが。

 芥川賞受賞作だけあって読み応えがあります。とはいえ、私的には『ここはとても速い川』のほうが好きかな、という感じです。

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