【ショートショート】ウチら陽気なメーメーズ
「ねえ、あの男の人とかどう? ちょっと良さそうじゃない?」
「えー?! 完全におっさんじゃん! リカ、やばくない? あれで26とかありえないよー」
土曜の昼下がり。
うだるような暑さの7月下旬だが、ぐったりする様子も見せず、肩を寄せ合い笑顔で歩く4人の女の子たち。
「うわー、ホント!やばい!千里の言うとおりだよ。どう見たって、、、」
「いや、違うって、千里も愛理も勘違い。38だよ、38! ねえ、ゆり~、、、って、アンタ聞いてるの? 前向いて歩かないと危ないよ」
先ほどから車道をじっと見つめながら歩いていた女の子が、急に楽しそうな声を挙げた。
「うわ~、あれ見て! 日〇どん〇衛タクシー! 初めて見た~♡ ホントに走ってるんだぁ~。 やばーい!」
先ほど千里と愛理と呼ばれた2人の女の子も「あっ、何あれ?激やば!」とか言いながら、キャッキャと楽しそうに笑い、足を止めた。
「ちょっと3人とも~、そんなことやってる場合じゃないでしょ!」
「ちょっと、リカも見てみなって!真っ赤だよ。超カワイくない? やばいって絶対!」
「、、、だからぁ~、3人とも、、、えっ? あれのこと? あっ、ホントだぁー! 超やばーい!」
(3日前)
給食を食べ終わり、仲良し4人組の「千里」、「愛理」、「リカ」、「ゆり子」は教室の窓際にある千里の座席に集まって、昼休みのお喋りを楽しんでいた。
4人は中学2年生、年齢はみんな同じ14歳である。
千里とリカは小学生の頃から仲が良く、愛理とゆり子はそれぞれ別の小学校出身だが、4人とも『ハミング・ダンプリング』、通称「ハミダン」と呼ばれる超人気アイドルグループのファンであり、中学への入学当初から何度か共通の話題で盛り上がるうちに意気投合して、今やすっかり仲良しグループになった。
4人ともに成績も上位に位置し、その上、揃いも揃ってアイドル顔負けの整った顔立ちであったため、クラスメートの多くは4人を典型的な「スクールカースト上位者」とみなしていた。
実際、校内どころか他校にまで4人組の噂は広まっており、4人に恋焦がれる他校の男子生徒がわざわざ4人見たさに学校まで来ることもあった。
だが、当の彼女たちは、そのようなスクールカーストや恋愛話など大して気にする風でもなく、今日もハミダンの話で盛り上がっていた。
「いや、ホントにハミダンの麗子ってさー、カメラが自分に来たときにやるあのアヒル口、超かわいくない?」
長身でしっかり者の千里は、口数は多くないが、よい聞き役であり、4人のリーダー格である。
気が強いところがあるが、感情的になることは滅多になく、グループのよきまとめ役である。
4人の中で最も運動神経がよく、空手の黒帯を持つ愛理が、千里の話を引き継ぐように言った。
「あー、麗子って最近、あのアヒル口よくやるよね。ちょっとあざといけどカワイイよね。でも、私はもうリコピン様しか愛せないかもー。あの子って創作もやるみたいで、この間の『さすらいの皮ニキ』の歌詞って、確かリコピンが書いてた筈」
ハミダンというのは男性アイドルではなく、女性5人組のアイドルグループであり、4人の憧れの存在であった。
「そうそう、その創作の話で思い出したんだけどさー、この前の話、みんな真剣に考えてくれた?次の土曜日とか、みんなで探しに行かない?」
好奇心旺盛でムードメーカーのリカが興奮気味に話す。
リカは日本名を名乗っているが、もともと中国で生まれ育ち、小学校低学年の頃に来日した。
自宅では家族と中国語で話しているため、日本語も中国語も母国語レベルである。
リカは自分が千里と同様、結構なしっかり者だと思っているが、色々と抜けているところもあり、3人は空回りしがちなリカを愛おしく思っていた。
「ねえねえ、見てよ。何かカラスがカラス追っかけてるよー」
マイペースでおっとりした性格のゆり子が、窓の外を見ながらスローなテンポで言った。
ゆり子は4人の中では末っ子の妹的なキャラクターである。
「ゆりチャソ、ウチらの大事なデビューの話をし始めたのであるぞ。カラスなぞ気の済むまで仲良くケンカさせておきなさい」とリカがたしなめる。
そして小声でボソッと付け足すように「、、、そして、、、何をしようが、、、カラスの勝手でしょ」
「え~っ、リカ、最後の何? それって何かのドラマ?」
「あっ、それウチのパパがいつも言ってるやつだ。リカ、何かそのセンスやばくな~い?」
「やば~い!」
昼休みもあと10分ほどで終了である。
急いで話の決着を付けたそうなリカに対し、愛理が言う。
「あー、この間のアイドルデビュー計画の話? リカ、あれ本気だったの? ウチらがホントにアイドルになれると思う? ねー、千里も何とか言ってやってよ」
千里はマジメな顔で少し考え込んだ。
そして「アイドルって、、、ただ部活の延長みたいな感じ? 気が向いたときに何かやるってこと? それとも真剣に広報とかライブ活動とかするの?」
リカは千里にビシッと指を突き付け、言い放った。
「千里どの、愚問ですぞ。このリカは、いつもガチっす。ハミダン食うべ、ってことっす。私がこの前説明したコンセプトがあれば、絶対売れるって」
窓の外のカラスに飽きたゆり子が、千里の机の上に乗せていたお尻を少し動かし、リカの方を向いて座り直した。
そして、相変わらずおっとりしたペースでリカに向かって「ハミダンに勝つってムリ過ぎじゃない? トップアイドルだよ。歌も踊りもプロ中のプロだし、みんなめっちゃカワイイじゃ~ん」
千里と愛理がウンウンと頷く。
「だ・か・らぁ~、歌とか踊りとか、技術じゃなくて心だから。やってみれば、何とかなるって。そして、ぶっちゃけウチらもめっちゃカワイくね?みたいな。顔だけだったら、もうハミダン超えてね?みたいなぁ~」と最後はわざと変顔をしてリカがおどけた
「アハハハハハハハ。超受けるんですけどぉ~」とゆり子がホントにおかしそうに笑い、それにつられて千里と愛理もコロコロと笑った。
3人がひと通り笑い終えた後で、リカはもう1度マジメな顔をした。
「もう1回説明するけどね。アイドルっていうのは、技術うんぬんよりコンセプトが大事なの。よくロックバンドなんかで、男性陣の中に1人だけ女性ボーカルがいたりするでしょ? ウチらはあれの逆、女4人と男1人の編成にするわけ」
千里が口を挟んだ。
「あー、コンセプトってそのことね。そして、確か年齢揃えるんだっけ?」
「う~ん、まあ正確に言うと、干支を揃えるのよ」
「干支? まあ、どっちでもいいけど、、、事務所とかはどうすんの?」
「このyoutuberの時代に、そんな事務所とか面倒なこと言わないでさー、自分たちで全部やって、まずはデビュー曲を配信しようよ! 演奏とかは軽音部の男子にお願いしてさー。まずは親にも内緒ってことで。力仕事とか、外との連絡とかは主に新メンバーとなる男性の役目ね!」
「でも、、、最後の男の子1人っていうのも私たちと同じ中学生なんだから、、、そんなに時間ないかもよ」
リカはコホンとわざとらしく咳払いをしてから言った。
「えー、先ほど申しましたように、最後の男性1人枠は中学生の男の子ではありません。『干支を揃える』っていったでしょ? 私たちの干支、みんな分かってるよね?」
愛理が「ウチらみんな羊年だけど、、、」と言った後、急に驚いた声になり「え~っ?! まさか、、、1回り上の羊年、、、大人の男を最後のメンバーにするの???」
リカは悪びれる様子もなく「そう! 意外でしょ?! ウチら女の子4人が大人の男性1人を取り囲むってことで、フォーメーションも考えてあるし、大人なんだから、面倒なことはその人にやってもらおうよ。それとグループ名も決まってるよ!」
「アイドルなのに1回り上をメンバーにするっていうのも、、、相当ぶっ飛んでるってゆうか、、、」
「その意外性がいいんじゃない!○年隊だって、ずっと頑張ってるんだから、あれよ、、、多様性の世の中ってやつ」
「、、、ち、、、ちなみに、、、リカの考えたグループ名とは、、、?」と愛理は恐る恐るといった様子だ。
リカが勿体ぶったトーンで「その名も、、、」
(3人一斉に)「その名も???」
『メーメーズ!』
(3人一斉に)
「、、、はぁ、、、は、、、はぁ~?!」
「な、何よ、そのダサい名前?!」と愛理は呆れ顔である。
「リカ殿とやら、説明を聞こうか」と千里もこれには混乱気味で、ゆり子も「リカ~、それって昭和のセンスじゃない?」
「いやいや、ちゃんと理由があるの。私たち5人、、、新メンバーとなる男性も入れてだけど、全員、羊年でしょ? 羊の歌声と言ったら? ブヒブヒじゃないよね? はい、ゆりちゃん、恥ずかしがらずに羊に成りきって歌ってみよう!」
「、、、メーメー、、、メメメーメ、、、メメメ、メメメー」とゆり子はハミダンの新曲『さすらいの皮ニキ』のサビを羊で歌い始めた。
「あら上手じゃない! もうハミダンのレベルよ。 それとね! 中国語でメイメイ(妹妹)は『妹』っていう意味で、若い女の子たちのこともメイメイって呼んだりするの。だから、みんなの『妹』みたいに親しみを感じてもらえるよう『メイメイズ = メーメーズ』(妹たち)ともちょっと掛けてるわけ」
「、、、ちょっと、、、名前の由来は分かったけど、、、」と千里はまだ何か言おうとしたが、クラスメートたちがザワザワとし始め、時計を見始めた。
もうすぐ昼休みも終わりである。
体育館にバスケをしに行った男子たちはチャイムが鳴り始めてようやく教室に戻って来るのが通例なので、まだ教室内に人はまばらだったが、そろそろ話をいったん切り上げる頃合いであった。
千里は「、、、それだけで行けるのかしら、、、」と不安顔である。
急に思い付いたように「あっ!こういうのどう? ライブのときにステージ登場するでしょ? そして、毎回みんなで『押忍!』って言って十字切って、瓦なんか割ってさー、蹴りでバット折って客席に飛ばすとか!」と空手二段の愛理が提案した。
「いやいや、それアンタしかできませんから! しかも何かバイオレンスな匂いがするから却下!」と千里がツッコミを入れる。
今度はゆり子が「あ~、アタシ餃子作るの得意だから、ステージからみんなでお客さんに焼いた餃子投げようか。サプライズで」
「はいはい、シェフが多いと料理も餃子もまずくなりますからね~。いったんアンタたちは心を無にして、最初のコンセプトはこのリカさんに任せといて!細かいことは新メンバーを確保したら、また考えましょう」
キーンコーンカーンコーン♪
チャイムが鳴り、あちこちで話し込んでいたクラスメートたちも、それぞれ区切りのいいところで話を切り上げにかかった。
みんな午後の授業に備えて一斉に自分の席に戻るため、机を動かしたり、椅子を引いたりするガタガタ、ギィーギィーという音も鳴り始め、教室は一層騒がしくなった。
体育館から教室に戻って来る男子たちの話し声が廊下から聞こえ始め、千里は自分の机の位置を整え始めた。
そして、ほかの3人もそれぞれ自分の席に戻る準備をしたが、リカはほかのメンバーに早口で「じゃあ、土曜日、空けておいてね! 我々、メーメーズのデビューに向け、男性メンバーのスカウトに繰り出すよ!」と言うのを忘れなかった。
土曜の昼下がり。
リカを筆頭に、リカの熱意にほだされた3人も加えた4人はメーメーズの男性メンバーのスカウトのため、街に繰り出していた。
「ねえ、ところで、いきなり私たちみたいな子どもが『アイドルグループ結成しませんか?』なんて言って、大人の男の人がマジメに話を聞いてくれるものかしら? しかも、変質者みたいな怖い人かもしれないし、、、」と千里が少し心配そうな声で言った。
「それと、大事なことに気付いたんだけど、羊年の男の人って、どうやって見付けるの? いきなり近付いて行って『私たち怪しい者じゃないんですが、ひょっとしてお兄さん、羊年じゃないですか?』って、どう考えても怪しい者でしょ」と愛理も疑問を投げかける。
リカも少し考え込んだ。
「う~ん、確かにいきなり声を掛ける前に、こちらと波長が合うかどうかを確かめる必要があるわね。。。心配しないで! 私たちは同じ羊年。もし、向こうが『羊』であって、私たちも『羊』であることに気付いたら、きっと放っておけなくて、何かしら話しかけてくると思うの。。。」
4人は歩道の端の方に立ち止まり、リカは暫く考え続けた。
じりじりと4人を照り付ける真夏の太陽。
ゆり子が「あっ、アタシ、ジンギスカン焼くの得意だから、、、」と言いかけた途端、「名案思い付いた!」とリカが大きな声でそれを打ち消した。
「みんなちょっと聞いて、、、」と言って、リカは3人に計画を耳打ちした。
「羊なら、これに必ず共鳴して、何かしらの反応をして来るに違いない! ウチらのラブコールで羊たちの沈黙を破るのよ!」とリカはニタニタしながら自信満々である。
先ほどの作戦会議から数分後。。。
「じゃあ、1人目のターゲットとして、あの男の人いくよ! 年齢はウチらの1回り上の26じゃなくて、2回り上の38だよ。間違いない。私、これはかなり自信ある」とリカが張り切った声を出す。
先ほどまで『どん〇衛タクシー』に気を取られていた4人だが、決心を固める。
「あっ、こっち向かって歩いてきた!」とリカ。
愛理も「何か緊張するね」とソワソワした様子である。
リーダー格の千里が「じゃあ、みんな落ち着いて。ホラ、笑顔。アイドルの基本でしょ!楽しそうにね」
ゆり子がボソッと言った。
「、、、よく見ると、、、あの人、ちょっとカッコいいかも。。。」
3人が一斉に「それはない!」とツッコんだ。
千里が気を取り直し、全員に号令を掛けた。
「準備はいい? じゃあ、1回目行くよ! 楽しそうに大きな声で歌うよ!せーのっ」
「メーエーエー!」
4人は羊になって、一斉に大きな声で歌った。
「、、、どう?」
「、、、いや、、、まだ何も反応なさそうだけど。。。」
「あっ、距離が段々と縮まってきたよ」
「よし、2回目。せーのっ!」
「メーエーエー!」
「、、、どう?」
「あっ! あの男の人、ちょっと『んっ?』って反応したように見えた」
「うんうん、私もそう見えた。あれ、絶対に羊だよ。次あたりメーメーとか返してくるよ、きっと」
もはや4人から男の顔がはっきりと見えるくらい、男との距離は縮まった。
「3回目いくよ。せーのっ!」
「メーエーエー!」
4人は無言のまま、男の方を敢えて見ずに、満面の笑顔を浮かべ、「さあ、羊のお兄さん、羊の妹たちに気付いて! 一緒にメーメーズ結成しましょう!」と心に念じた。
ついに、4人と男がすれ違う瞬間!
男はすれ違いざま、心の底から不思議な生き物を見るような目を4人組の女の子に向けた。
しかし、男の方から4人に話し掛けてくることはなく、そのまま立ち去ってしまった。
「、、、リカ、どうなの?羊だったんじゃないの?」と千里が小声で言った。
「ㇱッ! 待って! 追っかけてくるかもしれないから」
「追っかけてくる、、、って、このタイミングで? グワァ~ッって? それ、羊じゃなくて狼みたいじゃん。怖いよ」
「ダメ押しの4回目。せーのっ!」
「メーエーエー!」
、、、
しかし、何も起こらなかった。。。
「はい終了~。次!」
とリカが宣言し、ほかの3人は一気に拍子抜けした。
4人と男がすれ違ったのは東京の上野である。
この日、羊となった4人は暗くなるまでメーメー歌いながら新メンバーを探し続け、最終的には新宿あたりで解散したが、その日はメンバー増員とはならなかった。
羊のように無邪気で、可愛く陽気なメーメーズ。
デビューの日を待つ。
ひたすら待つ。
(つづく)
~あとがきに代えて~
本作は、以前に書いた以下の実話がベースとなっています。
不思議な女の子4人組とすれ違い、結局「真相」が分からずじまいでモヤモヤしていたので、自分を納得させるために「真相」をこしらえました。
こしらえた「真相」は果たして「真相」と言えるのか。
私には、そのような難しいことは分かりませんが、本作中ですれ違った男のモデルは私です。
4人の中で1人、ゆり子だけが私を「ちょっとカッコいいかも」と言ってくれているのは、私のファンタジーです。