「オーケストラ、それは我なり」-読んで感じたノスタルジーと羨望
ああ、やはり我々は違う時代に生きているんだ。ある意味うらやましい。もちろん、今の方が生きやすい時代で、住みやすい時代なのだと思う。誤解を恐れずに言うと、ただただワガママに生き抜いた93年の人生。うらやましい。今も、輝いている。
朝比奈隆を知ったのは高校時代だったと思う。当時の吹奏楽部顧問の的場誠治先生が教えてくれた。本にも出てくる元大フィルの呉信一先生のお弟子さんなので、よくよくお話を聞いたし、記憶にも残っている。「オッサン」は、「何振ってるか分かれへん」指揮者で、とにかく色々。ネガティブな表現が多かったことも記憶している。例えば、メンバーがオッサンの言うことを聞かないとか、棒が分からないからコンマス見て吹いてるとか。とはいえ、先生のご指導は今思えば甚だ朝比奈的だった。大音量を要求し、美しい音でメロディを奏でることを要求する。そんな先生の指導も、歳を追うごとに変化し、今は随分と柔軟になられた。
高校生の私はオーケストラに興味が吹き出していた時期だった。ただ当時は大フィルを聴きに行くには、環境が許さなかった。当時ナマの朝比奈を聴いていれば、どうだったか。ミーハー気質の私なら、恐らくハマっていただろう。いやいや、周りが阪神ファン一色やのにひとり西武ファン(当時の西武は魅力的だった)だったような天邪鬼の私は、また違っていたかも知れない。チェリビダッケに行っていたかな。おかげさまで?朝比奈にハマることはなく、今まで生きている。当時は金もなく、CD買う金も限られていたので、王道のグラモフォンのカラヤンなどのCDで十分満足していた。それこそ、同じ曲でたくさんの指揮者を聴きたい願望はあったが、周りにそんなハイカラな知り合いはいなかったので、カラヤンで満足していたことを思い出す。ああ、ショルティとかも聴いたな。大学生になってやっと、いろんな指揮者を聴かせてもらえた。先輩元気かしら。
この本は、中丸美絵さんが2年半におよぶ取材をもとにまとめた、本格的な評伝だ。かなりの読み応えがある。音楽論の深みや、提灯伝記を望む人は、やめた方が良いが、人間「朝比奈隆」の本当の姿に、迫っている。
朝比奈隆を語ると、多くのことを語りたくなるのは、何かを思い起こさせてしまうからだろうか。若かりし頃サッカーに打ち込んでいた話、ハルビンという街との関わり、そして林元植氏との関係、京都大学という枠の中でのオーケストラ設立とその活動、それからの、関西交響楽団から大フィルに至るまでの活躍。そして朝比奈の、ブルックナー。
元々はブルックナーの解説を書くための参考図書程度と思っていたが、読み進めてくうちに改めて、朝比奈隆の人間の魅力に触れさせていただいた。文中にも出てくるシカゴ響との演奏は、今の時代YouTubeで聴ける。ハーセスもいる。
良い時代だ。良い時代過ぎる。多少のキズも含めて、音楽的な深みに少しは触れさせてもらえる。残念ながらAppleMusicには朝比奈隆のアルバムは少ないが、それでも十分に触れさせてもらえる分量だ。
好きなことをして、ワガママに生きられる純粋さと強さ。しがらみもあっただろう。苦労もあっただろう。美談だけに終わらず、結構公けにされたくないであろう事柄についても切り込んだ記述が多い。せっかく切り込んでいるのに、惜しむらくは大フィル団員の弁がもう一声欲しかったと個人的には思う。オケマンのナマの声が語る朝比奈と、客席で聴こえてくるオーケストラを支配する朝比奈とは違うからだ。その違いにもっと切り込んだ著述が、読みたい。朝比奈隆の音楽の秘密、指揮者とオーケストラの秘密を暴いて欲しい。
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