✩ 文学夜話 ✩ 佐藤究『テスカトリポカ』および直木賞選評の感想
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2021年発売の小説なので今さらかもしれませんが(文庫化は今年の6月)、この度、佐藤究さんの小説『テスカトリポカ』を読んだので、その感想を書いてみます(ネタバレはありません)。あと、この作品に対する直木賞の幾つかの選評についての感想も書いてみます(辛口です)。
小説の感想
まず、読んだきっかけですが、以前から読もう、読もうとは思っていました。本屋さんに行けばよく見かけたし、第165回直木賞、第34回山本周五郎賞受賞作ですし。その他にも、このミステリーがすごい!2022版で2位 、ミステリが読みたい!2022年版で2位、週刊文春ミステリーベスト10で2位だそうです。
ただし、私はグロテスクな描写の多い小説はあまり自ら進んで読まないんですよね😅。それで手に取ったのが遅くなったというのもあります。若い頃は色んな好奇心があったのでグロい描写のある小説を読むこともあったのですが、ただ怖いもの見たさの心理を刺激して読ませるためのものが多く、私はその意義を感じ取れなかったので、あまり読まなくなりました。
ですが『テスカトリポカ』に関しては、残虐な暴力の描写に社会的な意義があると思いました。エンタメとして盛り上げるために刺激的な暴力シーンを入れているのは間違いありませんが、それでもこの小説を読んだ読者は、暴力的な登場人物の誰一人にも、裏・闇の世界にも、憧れるようにはならないと思います。例えば、世の中には不良・ヤクザ・マフィアの人間的な側面やかっこいいところを垣間見せる小説・映画・ドラマがたくさんありますが(そんな風に描写したら憧れる人たちが現れるので個人的には好みませんが)、この小説はそうではありません。逆に、この小説の読者は残酷非道な登場人物たち、彼らがのさばる状況に嫌悪感を持つと思います。ですから、小説の内容は暴力的ですが、そのメッセージは、そういう世界にしたくなかったら頑張って平和・治安・命を守ろう、ということになります。
アマゾンのレビューを数ページ読んでも上のような感想を書いている人がいなかったので不思議に思いましたが、直木賞の選評を読んだら、私と同じような感想を述べられた方々がいました。下のリンク先で読めますが、三浦しをんさんは「これがまっとうな倫理と希望でないなら、なんなのだ。」と言っていますし、宮部みゆきさんは「昨今稀な(中略)きわめてまっとうな勧善懲悪の物語です。(中略)ヒューマニズムを信じている小説なのです。敵役が邪悪だからといって、作品そのものが邪悪なわけではありません。」と言っています。私はこれらの評価に賛同しますし、表現の裏にある意図をよく考えながら読めばそう読めるはずだと思います。
では、作家本人はどう言っているのか気になって、インタビューがあるか検索してみました。下のリンクに、ありました。
ここで作家さんもこのように言っています:「少しメッセージじみたことを言うと、麻薬くらいいいじゃないか、誰にも迷惑かけないんだし、という論調がありますよね。でもその麻薬はどこから来て、支払ったお金がどこに流れているか、一度考えてみた方がいい。麻薬戦争の悲惨さを知ることは、薬は体に悪いというよりはるかに抑止効果があると思います。」、「人類は大昔から残虐行為をくり返してきて、しかもそれを忘れ去っている。その構造を炙り出すことは、とめどないバイオレンスを解除するカギになるかもしれない、と思ったんです。」
このように、犯罪を減らしたいという意図で書かれていることが分かります。このインタビューを読まなくても、作品を読むだけでそれは伝わると思います。
直木賞選評の感想
ところが、上のリンクの直木賞の選評の中には不思議な選評が幾つかありました。
例えば、浅田次郎さんはこう言っています:「これほど壮大で精密な虚構は、小説という表現方法だからこそ可能と思える。だが、その壮大さ精密さを実現するために、視点者の情動が犠牲になった。登場人物のおのおのが、当たり前の人間感情を欠くのである。」、「死は文学の欠くべからざるテーマにはちがいないが、死をかくも丹念に描くことはむしろ、人間不在の反文学としか思えなかった。」
この選評を読んで私は思いました。浅田次郎さんは、ご自身のスタイルや観点とかけ離れたスタイルと観点で書く人の作品をちゃんと頑張って読み解いていない・・・
まず、『テスカトリポカ』に出てくる犯罪者たちは同情すべき、共感すべき人間たちではありません。かれらは当たり前の人間ではないし、当たり前の人間的感情を持っている人たちではありません。育った環境が悪くて同情できる部分はありますが、結果的に怪物であり、狂った人たちなのです。それが作者のメッセージです。世の中にはこういうとんでもないやつらがいるから気を付けましょう、ちゃんと対処しないとこういうモンスターがのさばりますよ、と。
そういう意図で書かれたものに対して、「登場人物のおのおのが、当たり前の人間感情を欠くのである。(中略)人間不在の反文学としか思えなかった。」という感想で評価を下すのは的外れもいいところです。的外れ過ぎて、そして文学の定義が狭すぎて、心底びっくりしました。キーウィジュースに対して、「なぜオレンジジュースの味がしないんだ! 俺の好きな味じゃないからジュースと認めない! いや、ジュースじゃないどころか、反ジュースでさえある!」と言っているようなものです。
浅田さんご自身がヤクザたちの人間的感情を描く作品を書くからといって、自分とは描こうとしていることが異なる他人の文学作品をその物差しで測って切り捨ててはいけません。小説家としては大家ですが、他人の作品をあらゆる角度から吟味すべき選評者としては大いに問題ありと思いました。
先に引用した他の選評者の言葉は、浅田次郎さんを筆頭にした何人かの選評者の無理解に対して発したものです。この作品を「人間不在の反文学」と言う浅田さんや「最後まで小説として認められなかった」と言う伊集院静さんのとんでもなく横柄かつ狭い見識の選評に対して(文学・小説かそうじゃないかといったら文学・小説に決まっているのに何を言っているのでしょうかね。普段誰も文句を言ってこない大御所の立場だからと言葉遣いがとても横柄・暴力的になっているのではないでしょうか)、先ほども引用したように、三浦しをんさんは「これがまっとうな倫理と希望でないなら、なんなのだ。」、宮部みゆきさんは「きわめてまっとうな勧善懲悪の物語です。(中略)ヒューマニズムを信じている小説なのです。敵役が邪悪だからといって、作品そのものが邪悪なわけではありません。」と反論しているのです。
ただ、結局受賞したということは、年上の大御所たちが大いに反対しても、それより年下の作家たちの意見が通ったということですから、その点では選考委員の間で自由に意見を言い、議論し合える場として直木賞が機能しているなと思いました。
再び小説の感想
小説の感想に戻ります。内容について細かく言うとネタバレになるので、全般的なことについてお話しします。
アマゾンのレビューを読むと、登場人物の恐ろしさを神格化するためにアステカの神話を使った、という意見がありましたが、もしかしたらそういう部分もあるかもしれませんが、私はそれがメインの理由ではないと思いました。この作家は宗教の危ない面を表現したかったのではないでしょうか(救いとなり得る面も書かれていますが)。イスラム過激派のテロ組織も出てきますし、宗教が人を狂わせている側面を描いていると私は受け取りました。つまり、アステカ神話の不思議なパワーが実際にあるという前提で書かれているのではなく、そのような不思議な力があると信じて自分の残虐な行為を正当化しちゃう人間の狂気・危なさを描いているのではないでしょうか。
次に、先に書いたようにこの小説は、このミステリーがすごい!2022版で2位 、ミステリが読みたい!2022年版で2位、週刊文春ミステリーベスト10で2位を取ったそうですが、私はミステリーの要素はあるにはあるけれど薄いと思いました。それでも2位になるということは、ちょっとでもミステリーの要素があればランキングの対象にしているんだなと思いました。したがって、これらのランキングはあまり信頼できないと思いました。
あらためてミステリーの定義を調べてみるとウィキペディアに次のように書いてあります:「作品中で何らかの謎が提示されやがてそれが解かれてゆく」という類のもの。例えば、作品中で事件(犯罪)が起きるが、その犯人が誰なのか、また動機が何なのか、あるいはどのように犯行を行ったのか、ということなどが読者にとって隠されたまま(謎のままに)物語が展開し、作品の最後の辺りで謎が解き明かされる(種明かしがされる)といった作品である。
この定義に従うとしたら、この小説はあまりミステリーではないです。謎はありますが、犯罪者が誰なのか、動機は何のか、どのように犯行を行ったのかはすぐに明かされます。ですから、ミステリーのランキングで2位だったからといって、本格派のミステリー小説を期待して読むと期待外れになると思います。ミステリー小説というよりは、犯罪小説、ノワール、ないし社会派小説の方が近いかなと思います(それらはお互いオーバーラップする部分も多いでしょうけど)。
内容のリアリティーに関しては、最初の方は良いのですが、後半の方では登場人物たちの判断・行動に関して「なぜそうなる? クライマックスに持っていくために無理に誘導してない?」と首を傾げるところが幾つかありました。その辺のリアリティーを重視する人は、評価が下がると思います(これは読者として思ったことを書いているだけで、当たり前ですが、私の掌編小説の出来は完全に棚に上げて言っています😅)。でも、例えば、一部のハリウッドのアクション映画を「なぜそうなる?」と思いつつも楽しめるようなタイプの人は気にせず楽しめるかもしれません。R15+指定のハリウッド映画を観ているような感覚に近いものはあります。映像化も意識して書かれていると推測します。
総合評価として結局良かったのか? 私は読んで良かったです。自分と家族が危ない目に合わないように普段も気を付けてはいますが、もっとあれこれの面で気を付けようと思いました。比較的に平和な日本といえど、暴力団もあれば、半グレもいるし、国際犯罪組織も存在します。危険は身近に潜んでいるかもしれませんし、放置したら状況はどんどん悪化し得ます。そういう警鐘を鳴らしてくれる小説です。特に警察官と警視庁の方々が読むと良いんじゃないかと思いました。すでに頑張っているとは思いますが、もっと頑張って犯罪組織を食い止めようという気になるのではないでしょうか。
実は、最後まで読む覚悟で読み始めたわけではありません。試し読みの部分を読んでみて面白くなかったらやめようと思っていました。ところが、読み始めたら面白く、続きが気になったのです。そういう引き込む力があります。でも残虐な暴力の描写が苦手な人は無理かもしれません。百聞は一見に如かずなので、もし気になる方は試し読みでも結構な枚数が読めますので、以下のリンクから覗いてみてください。
以上です。読んで頂き、ありがとうございました。😊
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