BeautyJapanに出ると決めた日から、 もうすでに変わり始めていた! この8か月、全力で駆け抜けてきました。 大人になって、こんなに必死で何かに取り組むことができるなんて 本当にしあわせでした。 まさに! 大人の青春! 備忘録も兼ねて、 私がBeautyJapanでいただいた宝物の数々を おすそ分けしたいと思います。 【どんな経歴も、どんな実績も関係ない!ファイナリストはみんなフラット】 54年も生きていて、会社も来年20周年。 ある程度、なんでもできて そん
宇和島市の兵頭司博市議、吉川優子市議に表敬訪問させていただきました。 10年以上も前から私のことをよく知ってくださっている兵頭市議。 久しぶりにお顔を拝見して、 ふるさとに帰ってきたような安心感がありました。 「今、何しよるん?」 そんな会話から始まって、 今、女性起業塾を中心に東京とのデュアルライフをしていることや、 BeautyJapanに出ることになった経緯や どんなコンテストなのか等々、 近況報告もかねて、お話させていただきました。 兵頭市議、吉川市議は、 障
先日、宇和島市の岡原文彰市長へ表敬訪問させていただきました! 実は、岡原市長 高校の同級生なんです! なので、あらためて表敬訪問なんて ちょっと照れくさい感じ。 高校の時、市長はバレー部で私はそのマネージャー。 まるでドラマのシチュエーションみたいですが 37年の時を経て 今、岡原君は市長に、 私はビューティージャパンコンテストのファイナリストに。 なんだか感慨深いです。 岡原市長は表敬訪問についても快諾してくださって とても喜んでくださいました。 19年前、ブライ
ビューティージャパンコンテスト、日本大会まであと39日! 先日、岐阜県で開催されました 2回目のインスペクションで、 何度も心に「喝」を入れていただきました。 そもそも、なぜ私がビューティージャパンコンテストの出場を決めたのか? “スピーチがメイン”だったから。 巷に溢れている 外見の美しさを競うビューティーコンテストとは違っていたから。 目的が、美しく社会貢献する女性を発掘することだったから。 それが、、、、 実際のところ。 そんな、あまいものではなかったんです
先日、54回目の誕生日を迎えることができました。 たくさんの方からお祝いメッセージをいただいて、 受講生さんからもお祝いしていただいて、 母から、そして娘からもおめでとうの電話。 つくづく、 「私ってしあわせだなぁ」って感じています。 若いころは 「人からどう見られているのか」 そればかりが気になって、 自分のことなのに、 人からの言葉だけで自分を評価していました。 それって、 ちっとも満たされなくて、 しかもキリがない。 今、心が満たされてしあわせだからこそ そん
感動が溢れてとまりません。 BeautyJapanに出ることを決めてから たくさんの人が応援してくれています。 毎日、たくさんの方から 「頑張ってください!」 「応援してます!」 「たくさんの人をしあわせにしてください!」 「最高のシンデレラ!」 「ステージで輝いている姿が目に浮かびます!」 数えきれないくらいの応援メールをいただいています。 本当に嬉しくて、嬉しくて 感謝の気持ちでいっぱいです。 本当にありがとうございます! でも正直。 自分がこんなに応援される人
今日はブライダルの衣装合わせでした。 衣装合わせって大好き♡ ドレスを着ているときの花嫁さんの嬉しそうな顔。 それを見ているご両親の顔。 新郎さんの顔。 しあわせなオーラに包まれる 本当に素敵な時間です。 今回の前撮りに使う場所は 「宇和島市歴史資料館」 この建物は明治17年に宇和島警察署として建てられたもので、 平成8年に登録有形文化財に指定された魏洋風建築物。 和と洋が融合したレトロモダンな素敵な建物です。 歴史ある建造物で前撮りができるなんて素敵ですよね!
先日、娘のところに行ってきました。 今年から岡山県で保育士しています。 母が、娘のところに行くのは普通 ですよね。 でもね。 私には「そんな普通」が 「かけがえのない時間」なんです。 娘が5歳の時に離婚して、 それから、一緒に暮らすことができなくなってしまいました。 それでも、「どうすれば会えるのか?」 毎日、娘に会える方法をたくさん考えて、 いっぱい悩んで、 今では、いつでも会えるようになりました。 こんな幸せがくるなんて 19年前には考えられませんでした。
BeautyJapan東京大会で Sociality部門のグランプリをいただきました。 素直に嬉しかった! 「自分の想いが伝わったんだ!」 参加して良かったと心から思いました。 「Sociality」とは「社会で輝ける人材へ」という意味を持ちます。 なぜ? 私がSocialityの賞をいただくことができたのか? 愛媛県宇和島市から18歳の時、東京に行きました。 29歳から地元で化粧品の販売を始めて その時思ったことが 「宇和島の女性は、なんでこんなに自分の価値を下
人生初の「鬼怒川温泉」行ってきました! ゆっくり温泉に入って~ 日頃の疲れを癒しに~ ではなく(笑) 今回の目的は 「BeautyJapanコンテストのインスペクション」 8月4日に開催されました BeautyJapanコンテスト東京で ありがたいことに、Socialty部門でグランプリをいただき 次の舞台は日本大会! ということで、 今回は日本大会の1stインスペクションでした。 ガイドブック用の撮影や講義など めちゃくちゃ濃い一泊二日。 日本全国から集まった
“子供、生まれたよ。でも頭蓋骨がない病気なんだ。” 同級生からのメール なんだか、よくわからないけど、これはただ事じゃないと! すぐに電話しました。 「生きてるの?」一番気になったのはそこでした。 『生きてる』 聞けば、そういう病気があるそうで、ちゃんと生きていけるんだそう。 “こんな、生まれたばかりの赤ちゃんが一生懸命生きようとしているのに、 なぜ私は死ぬことばかりを考えていたんだろう” もう、その赤ちゃんに申し訳なくて、 命を粗末にしようとしていた自分が恥ず
離婚しても毎日、保育園のお迎えに行っていました。 娘に会えることだけが、 私の生きがい、楽しみ、幸せでした。 ところが、そんな幸せも長くは続きません。 年末年始は保育園が休みなるんです。 そんなことは重々承知してました。 問題はそのあと。 保育園が始まって、やっとお迎えに行けるとワクワクしていた朝 娘から電話が(お父さんがかけるんですけどね。) 「お母さん、今日いのこりするからお迎えいいから」 え??? なんで??? 動揺しつつもやっと出た言葉は 「うん、、わか
「離婚後」ひょんなことから、 ブライダルの世界に足を踏み入れることになった私。 プライベートの方はというと、 離婚してから、 お友達から食事によく誘われるようになりました。 誘われるのは嬉しいんですけどね なんせ、時間はたっぷりありますから。 でも『お金』ないんです(笑) 「ごめーん。仕事が忙しくて」 と断り続ける日々。 仕事なんて、もちろんないです! ハッタリです!(笑) 女性が離婚すると、 下がるか、上がるかどちらかだと私は思います。 正直、下がる方がラクで
「離婚」からスタートした起業物語。 前回、いよいよ「ブライダル」の言葉がでてきました。 離婚して数日後、 突然訪ねてきた、ビューティーカウンセラー仲間からでた言葉 『離婚したって聞いたから、チャンスと思って! 私とブライダルプロデュースの会社しよう!』 「??????」← わたし だってブライダルなんてやったことないですもん 『あなたはメイクだけしてくれればいいから!』 何を言っているのか、よくわからん(笑) そして、私から出た言葉は 『それってお金かかるん?』
私の会社の経営理念は『女性の笑顔が世界を変える』です 女性起業塾やメイク、ブライダルを通して、 女性が笑顔になれるお手伝いをさせていただいています。 起業して、もう19年目になりますが、 今日は、なぜ? 私が会社を立ち上げることになったのか をお話したいと思います。 『起業』なんていうと、カッコイイですが、 私が会社を立ち上げることになったきっかけは 『離婚』 膨大な慰謝料をもらったとかではないです(笑) 離婚したとき、私が持っていたお金は『30万円』 全財産が3
ビューティージャパンコンテストに出て あらためて、自分の人生を振り返ることができました。 だって起業してからの19年間を、たった1分で伝えるなんて! 普通だったら「ありえない!」笑 でも、その「ありえない」を達成できた時、 \私の人生、素敵やん/て思えたんです。 本当に貴重な経験をさせていただきました! あらためて、 私がなぜ起業したのか この19年間どんなことを考えて どんな行動をしてきたのか 綴ってみようと思います。 VOI.1 起業のきっかけは19年前の離婚