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角川『短歌』2024年9月号

一歩先は誰だつて闇せめてせめて山茶花一枝(いつし)折りて飾らむ 佐藤通雅 箴言風の初句二句に惹かれた。何が起こるか分からない闇。でも前に進むしかない。山茶花を飾ろうという気持ちは、灯をともすような思いに通じるのだろう。

かうしてしづかな時間がながれ いづくにも不可視の虐殺などなきごとし 日高堯子 初句八音の重い入り方。下句は反語で、実はあるのだ、と言っているのだろう。不可視の虐殺とは何だろう。連作の以降の歌から、スターリン時代の大粛清を指すのだろうか。
史上もつとも人を殺ししはチンギス・ハン 毛沢東 スターリンあるいはヒトラーといふ/大粛清を生き延びたダンサーの一生を読みつぐ 梅雨の三日を 日高堯子  連作は米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』を読んだ歌へと繋がっていく。一首目に挙げたようなものが不可視の虐殺か。そのうちの幾つかは可視ではないか、と思うが、それは歴史を遡って見ているからだろう。当時は不可視だった。特にスターリン時代に起こったことは。また、独裁者が虐殺をする、というのも一つのパターン化した捉え方かもしれない。

死んだ者ばかり出てくるわ出てくるわ午後ふかきBSの画面に 大辻隆弘 発話体が目立つ。ちょっとおもしろ風な言い方。内容には大いに共感する。古い映画やドラマを見ると、もう死んだ俳優ばかり出て来て、ストーリーよりそちらに気を取られっぱなしになる。

パンフレットを開いて初めて語られる乳がんの語とその多様性を 東直子 医者の説明を受けている場面。それまでも説明を受けていたが、パンフレットを開いて初めて具体的に語られだした。臨場感のある一首。これに続く、入院と手術を扱った一連。とても具体的だ。
 過去の東の歌は柔らかな語を使って、童話の一片のような、どちらかというと具体的な場面を敢えて省いて、抽象度を上げた歌が多かったと思う。近年、ずいぶん歌が変わってきたなと思っていたが、今回はそれが極まった感じ。一連がどの歌も具体的だ。入院という内容によるのだろうか。

(わるい)夢からさめたい。嘘にしたい。二ヶ月前にいま戻りたい。 東直子 この歌も一見、抽象的かもしれないが、連作の一首として読めば、実感を、心の声を、そのまま発話した歌で、同様の病気をした者なら深く頷くだろう。本当にこんな感じ、としか言いようがない。

ミントシロップ舌に微光なしむかし夜光塗料のひかり舐めた少女たち 鈴木加成太 ミントで舌がひりっとするのを発光すると捉えた。自分の感覚だが、昔夜光塗料を舐めた少女らを詠い、、自分と他人の出来事が混ざり合うような感覚を醸し出す。歌の句切れも面白い。
 ミントシロップ・舌に微光なし・むかし夜光・塗料のひかり・舐めた少女たち 7・8・6・7・8と取った。「なし」「かし」が、意味的には軽い二句切れなのに、音で畳みかけて連続感を出す。三句と四句の句跨りのギクシャクする感じが、パンチが効いている。

ガザを詠みてその後ガザを思わざる時間のありて雨の夜のわれは 五十子尚夏 歌人としてやむにやまれぬ衝動で詠んだ社会詠。でもそれは自分事として捉えていたわけではなかった。そんな苦い内省が滲む。社会詠を詠むことの難しさに共感する。

2024.0.30.~10.1. Twitterより編集再掲


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