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「周知」考

 国文学系の論文を読んでいると「周知のように」「〇〇は周知の事実であるが」という記述に度々出会う。「周知」は広辞苑に「あまねく知ること。知れわたっていること。」と説明されている。「誰でも知っていること」と取っていいだろう。

 論文中の「周知のように」は、「誰でも知っているように」と言っているわけだ。そして、その事項についての説明はなされないか、なされてもごく簡単なものにとどまることが多い。つまり、誰でも知っていることなので、敢えて詳しく言う必要は無い、あるいは全く言う必要は無いと著者は考え、この周知の事実を知らないと私の評論は理解できませんよ、と宣言しているわけだ。

 しかし、それらは、基礎的なことであろうが、部外者から見ると、知らないことも多い。

・・・チェンバレンの門下から、上田万年(うえだかずとし)、佐佐木信綱(ささきのぶつな)、三上参次(みかみさんじ)などが輩出、わが国の国文学の基礎が築かれたことは、周知の通りである。(犬塚孝明「外から見たニッポン」『岩波講座日本文学史第11巻変革期の文学Ⅲ』)

・・・周知のように、ルソーはわが国において始め社会思想家として受けとめられていた。(高橋修「翻訳のことば」『同』)

 え、周知なの?知らないんですけど。私が無知なの?あるいは、うっすら知ってるけど、これ本当に世間のみんなが知ってるの?そう思いながら読んだ論も一つや二つではない。おそらく、この論を読む国文学の徒なら誰でも、というぐらいの範囲の話だと思うが、そこに周知という言葉を使われると違和感を感じる。

 これと同じ用例を、最近短歌総合誌で立て続けに見た。

・・・周知のように、菱川は、現代短歌の基点を1940年刊のアンソロジー『新風十人』に求めていた。(田中綾「独自の文学史構想をー菱川善夫の評論再読」『短歌研究』2020年10月号)

・・・塚本邦雄と岡井隆を旗手とする前衛短歌運動が、戦後隆盛した第二芸術論の克服を目標としたのは周知の事実である。(大辻隆弘「「場」の発見ーあるいは第二芸術論の超克ー」『短歌研究』2020年11月号)

・・・周知のとおり、中城は同年七月に歌集『乳房喪失』を刊行し、八月に急逝する。(松平盟子「「女人短歌」から前衛短歌へ~女性歌人の挑戦」『短歌研究』2020年11月号)

 それぞれの評論は中味の濃い、面白い論考だが、この「周知」に私は躓く。短歌やるなら、短歌の評論読むなら、これぐらい知っていて当然、それは前提で言いますよ、という無言の圧力を感じるのだ。これは読者を限ってしまうのではないか。これから短歌を勉強します、評論読みます、という読者の気を挫くことにはなるまいか。

 史的な勉強が不要という意味では無いが、やはり説明が欲しい。これぐらい勉強して来てくださいと示唆すれば、読者が離れてしまうこともあるだろう。論を読んでいない時の読者の時間まで要求するのは難しいのではないか。「周知」はどうも論を書く側に便利過ぎる言葉のように思うのだ。

2020.12.31.