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河野裕子『はやりを』 6
稲妻が走りし瞬時亡き縁者の誰彼に似て家族(うから)らが貌(かほ) 家族で同じ部屋にいた時、突然稲妻が走って皆の顔が照らし出された。家族の誰彼は亡くなった親戚の誰彼に似ていた。自分たちの顔が、一瞬、先祖たちの写真のように見えたのだ。印象鮮烈な歌。
暑のゆふべ並びて草を掻きをりつ互みのこころ互みに触れて 初句の簡潔な言い方が印象的。ほとんど造語だろう。暑い夕方草を刈って搔き集めている。その時お互いの心がお互いに触れる。下句の繰り返しのような表現が優しく、相手を思う気持ちに溢れている。
ひのくれは縄とびの金の波の間(ま)を子らは爆ぜ跳ぶこゑもろともに 学校から帰って来た子らが大縄跳びをしている。大波小波と歌われるように縄の動きは波のようだ。その縄の間を子らが声をあげながら跳び込んで行く。「爆ぜ」が子供のエネルギーを表している。
たくさんのひとごゑの中のひとつこゑ聴き分けてその肉声に近づく 機械録音と違い、人間の耳には必要な音が際立って聞こえる。大切な人の声なのだろう。その人ではなく、声に近づく。ひとごゑ、ひとつこゑ、肉声と、表現が身体を感じさせるものになっていく。
2023.4.8. Twitterより編集再掲