見出し画像

『短歌研究』2021年5月号

包丁を研げば素水(さみづ)に刃物の香たちてほのかに春のけはひす 馬場あき子 素水に刃物の香がたつ、という新鮮な体感。春を詠う時に、真似の出来ない言葉選びだと思った。動作を描いているだけなのに心情が伝わる。

マスクして列(なら)ぶ人らに竹槍を配らば持たむ号令を待ち 大塚寅彦 今回のコロナ禍ではっきりしたことは私たち国民の心の在り方が先の戦争の時と少しも変わっていないということ。この歌の表現は真に迫っている。おそらく結句が、最も上手く特徴を掴まえているのだと思う。

呑めと言はれて呑みてしまひし悔いがある鯉のぼり一つ垂直に垂る 川野里子 初句の前に、無茶な要求を、等の省略がある。連作の一つ前の歌で、鯉のぼりが風を呑む姿もどこか痛々しく描かれている。風の通り過ぎた後の鯉のぼりのように、主体の記憶も無念で無惨なものなのだろう。

引用を繰り返しながら人は死ぬ春の歪みのさくらのように 堂園昌彦 上句の把握は鋭い。人は人の言葉を引用しているだけなのかもしれない。何も自分のオリジナルな考えなど無いし、死ぬまでそれは続く。下句の桜に対する否定的な感慨も、上句によく合っていると思う。

意味なくない?って言われてえー?って誰か言う それはほんとにそう、で笑った 平出奔 一字一字数えれば八八五七七になる。しかし初句は「意味/なく/ない?/っ/て」と最初の六字を二字ずつ一音で読むのではないか。二句は「ー?/っ」を二音と取れば八。五八五七七。ほぼ定型。まあ、小さい「っ」をどうリズムに入れるかは個人差があると思うが。「意味/なく/ない?」の弾んだ読み方は英語のリズムに近いのかな。大勢でガヤガヤしゃべっている感じがよく出ている歌と思う。この歌にも意味が無いのが示唆的。

愛の芯に所有欲ありところどころきもちのわるいこの世と思う 東直子 初句二句が心に刺さる。愛の芯は所有欲、もしくは支配欲ということに共感する。東直子の歌は最近本当に変わった。トーンは暗いが、箴言のような、言い得た歌が増えているように思う。

岬とはしだいに細くなるところ雪の背中を踏みつつ海へ 吉川宏志 進んでいく場が次第に細くなることを身体で感じている。その先には海。結句最後の「海へ」に開放感がある。「雪の背中」という把握がいい。散文で言うより風景がくっきりする歌だ。

2021.6.5.~7.Twitterより編集再掲