河野裕子『紅』(10)
ドアの隙(ひま)はいつも不思議な感じにて子らの目鼻が小さくのぞく ドアを少し開けて子供たちがこちらを覗いている。子供たちの目鼻が小さく見える。それだけのことなのだが、「いつも不思議な感じ」でちょっとした異界との隙間のように思えてくる。
雪の夜に覚めておもへば過ぎしひとの寡黙の意味も沈透(しづ)き見ゆるなり 雪の夜に目が覚めたまま死んでいった人のことを考えた。雪の夜特有の静かさのせいかもしれない。あの人が寡黙だった理由も今、深く透きとおるように分かる。結句の字余りに重みがある。
ひのくれの道辺(みちべ)にかがみて寂しさは老婆のやうな幼女のやうな 河野の短歌には時を高速で斜めに過るような歌がある。日暮れの道の辺にかがんでいる時、寂しさが訪れる。それは昔の幼女の頃の寂しさであると同時に、まだなっていない老婆の寂しさでもあるのだ。
雪やみて静かな日昏れとなりゐたり子をびんびんと叱りてゐしが 雪が降っている時、子を叱っていた。びんびんという強いオノマトペ。ふと気づくと雪がやんで静かな日ぐれが訪れている。子を叱る力も何となくしぼんでしまった。今、子と共に静かな日暮れの中にいる。
河野裕子『紅』Ⅰ部Ⅱ部読了。これでアメリカ滞在の部分を読み終えたことになる。またしばらくしたらⅢ部を読みたい。日本に帰国するところから。
難しいが河野短歌の良さをもっとうまく言語化できるようになりたい。
2023.7.24. Twitterより編集再掲