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『日本史サイエンス』播田安弘
「蒙古襲来、秀吉の大返し、戦艦大和の謎に迫る」
歴史上、定説と言われていることを、数字とサイエンスの観点から検証し直した本。著者は企業で長年船舶の設計をしていた。その経験から、蒙古軍がどこに投錨したか、秀吉の大返しにおける船の利用の可能性、戦艦大和の実戦能力、などを検証し、史実といわれることに疑問を呈する。
実にスリリングで面白かった。数学が苦手なので、著者の提示する計算が全て理解できるわけではないけれど、こんな風に視点を変えることで物の見え方が変わってくることが刺激的だった。
帯に「蒙古軍は上陸戦に失敗していた!」「秀吉には十分な準備があった!」「大和は「時代遅れ」ではなかった!」とコピーが踊る。一番面白かったのは以下の個所。
“結局、大返しをした2万人の秀吉本隊は、人数としては記録されていても戦いには間に合わなかったか、間に合ったとしても到着はばらばらで、かつ疲労のため実質的には戦えなかったと思われます。”
“しかし、秀吉にしてみれば、それはもともと計算ずみでした。彼にとって何より重要なのは、自分がいちはやく備中高松から引き返し、諸将に現在位置の情報を送りながら、京都に驀進することでした。”
“そうすることによって「秀吉は謀反人を成敗するため神業のような速さで戻ってきた」というストーリーをつくりあげ、迷える武将たちの心をつかみ、味方に引き入れたのです。つまり、みずからの本隊2万人は最初から戦力として計算せず、畿内やその周辺の武将たちに戦わせるという大胆きわまりない戦略です。”
この秀吉の大胆な発想の転換に、著者は詳細な計算を積み重ねることによってたどり着いた。その発想の中でも、秀吉がみずからを「正義の味方、信長の継承者」というストーリーを作り、その通りに世論を操作した、という所が強く印象に残った。あるいは秀吉は天下取りの作戦としてではなく、本気でそれを信じていたのかもしれないが。
後書きから
“さまざまなトピックについて本当のところどうなのか、具体的にいろいろと計算して数字を積み上げていく作業を続けてみた結果、何よりも感じたのは、歴史を動かすような大仕事では、とてつもない数の人やものが動くということです。(中略)
教科書にはたった1行しか記されていないことにも「重さ」はあるということです。具体的な物理量を知ることで、重さは実感されてきます。そして筆者は、そうしたリアリティを感じながら歴史を知ることが非常に大事なのではないかと思うのです。”
単に言葉で2万人の兵を引き連れ…等と言っても実際には何をどう動かしたのかを検証しないと言葉にリアリティが伴わない。「重さ」というのは比喩ではなく、言葉に必要なものだと思う。著者は、太平洋戦争時によく言われる、「兵站の軽視」も、リアリティの欠如からくる発想と考えている。
著者の主張を歴史学者がどう位置付けるかは分からない。あくまで素人の書いたエンタテインメント向けの本かも知れない。しかし、文学におけるリアリティを、裏から考える発想をもらい、大きな刺激を受けた。
講談社ブルーバックス 2020年9月 1000円(税別)