『歌壇』2024年11月号
①志野もはや四十いくつになりてをり昇進試験にまたも落ちつつ 小池光 そうなんだ。もう四十いくつ。「大きくなつたら石鹸になるといふ志野のこころはわれは分からず」『日々の思い出』(1988)と詠われた志野さん。結句の「つつ」が面白い。
ちなみにこの『日々の思い出』の一首を私は初句四音で読んでいる。
②「ぢやあ」と言ふ声に振り向けば食堂の窓に息子が手を振つてゐた 大口玲子 最近の大口の歌には自立していく息子がよく詠われている。どんなに愛して育てても自分の元を去って行く子。そうでなければならないと頭では分かっているけれど。
③うつくしき密告のやうナナカマドの実から実へつたはる火のいろは 柳澤美晴 上句、比喩が良くて読んでて陶然となる。下句は十四音で、四句結句の句跨りで読んでもいいが、「実から実へ/つたはる/火のいろは」と三句仕立てで読んでもいいと思った。
④永田先生大丈夫かな安藤サクラとのツーショットにそんなに喜んぢやつて 永田和宏 永田先生による永田先生シリーズ。詠み残しておきたいが真面目に詠むのは気恥ずかしい、そんな時に第三者風に「永田先生」が登場する。もう一人の自分が自分に囁く「大丈夫かな」。
⑤グラビアで「塔創立70周年記念現代短歌シンポジウムin京都2024」を取り上げていただきました。町田康の講演、吉川宏志とピーター・マクミランの対談、永田和宏と是枝裕和の対談。豪華メンバーですが、台風で開催は大変でした。
その様子が同号の永田和宏作品「日付のある歌」で詞書と歌で詳しく綴られています。「永田先生」が安藤サクラさんとツーショットを撮ったのはこの時。
『塔』の1月号2月号に大会の報告記が載ります。乞うご期待。
⑥土漠の果てに刺さって折れたストローのような塔、あれ、街の跡です 千種創一 映像なのか実体験なのか分からないが、激しい戦闘の跡を思わせる。もはや文明も破壊され尽くした後、一帯が土漠となっている。四句までが景、結句が発話。句読点が発話を再現している。
⑦案内の兵士がガムを噛みながら、地雷原、というときの早口 千種創一 これは「スペアミント・ガムを嚙みつつわかものがXックスというときのはやくち 村木道彦」(X→セ 念の為伏せ字笑)の本歌取りでしょう。重いテーマの一連を少し軽くする意図なのだろうか。
⑧耳たぶに星や輪っかを揺らすけど怖いものが一向に減らない 中井スピカ 要は星や輪の形のイヤリングかピアスをつけている、ということなのだが、何か呪術的な印象がある。願いと呪いを込めて祈るけれど、この世の不条理が形にならない形で心に攻め寄せて来るのだ。
2024.11.15.~17. Twitterより編集再掲