近くて遠い

photo: azul | text: kotori fujihara

近くて遠い

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  • 近くて遠い

    移ろいゆく季節がこころにもたらしてくれる風景とともに−七十二候に寄せて綴ります。

最近の記事

一月三十一日

雨上がりのような空だった。 想像の中で はく息は白く 冷たい指を慰めるように ほっぺを包んで。 “ずっとここにいるよ” そのことを私は 忘れてしまおうとしていたのだった。 凍える朝。 でも陽射しは日々に強くて。 馴染んだ靴で踏みしめる大地 やわらかな土の香る弾力。 曲がり角を超えたら、また見える風景がある 振り返るともう、これまでの道は見えなくなるけれど それでもずっと、そんな風にして歩いてきたのだから これからも行こう 風景をともにして。 遠く離れていても、

    • 一月二十五日

      こころは何も知らない。 そう思うことで 立ち止まることができた  この道。 次に会うのはいつになるだろう。 時計を外す。 身体が覚えている時間と、 身体から抜け落ちてゆく約束。 すれ違う。 出かけるときに開ける扉と 終わった後に閉じる扉と。 微笑む。 私に訪れ 通り過ぎた時間に。 別れる前に少し 心臓の音を聴かせていてほしい。 愛おしさという気持ちが 触れたがる 音と呼吸に 寄り添うようにして ともにいさせて。

      • 一月二十一日

        訪れたことのない日常風景って不思議。 それから、「寒いこと」を確かめるために開ける寝室の窓も。 カーテンを開いて、朝が確かに訪れていることを確認する瞬間も。 そんなことを言葉にしたくて 猫でも隣でまとわりついてくれていたらなあ、と思う。 おいで、ひとりごとにやさしい君(キミ)よ。 ごろごろ言うのをしばらくきいたら いただきものの白菜でスープをつくろう。 この空間を、湯気で満たそう。

        • 一月十五日

          少し坂のある草むらに 君は静かに車を停める。 黒いワンピースの内側から 傾斜に吸い込まれるように崩れた姿勢で 私はシートベルトを外し コートを羽織ってドアを開ける。 (着いたね) 乾いた空気の中に、扉を閉める音がバタンと響く。 砂利の隙間をよろめき歩くヒールの靴 特別な日にだけ纏うことにしたコバルトブルーのカシミアのスカーフ。 (着いた) 何かの区切りが、いまここを通り過ぎようとしている。 今日が最後かもしれないし またすぐに会うのかもしれない。 そういう時に

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          63本

        記事

          一月十二日

          目を覚まして、隣に君をみつけた時のようだった。 すうーっという、呼吸の音が聴こえて 毛布はゆっくり波をうっている 温もりをうちにこめながら 髪とか頬は、触るとつめたい。 忍び寄る朝の冷気が あたたかかった夜を冷やす 指さきのあたりに、もう一度触れる。 本当にいることを確認するために。 陽がのぼったら 溶けていなくなってしまう結晶たち もう少しここにいて もう少し、触れさせて。

          一月十二日

          一月八日

          おはよう。冷たい空気の中で不思議と深呼吸したくなってしまう朝。窓をあける。そして、しめて。 さっき、オンラインで新潟の人と話したの。雪がずっと降り続いているんだって。ニュースで読んだよ、本当にそうなんだね、大変ですねって言ったら、私は特に外で用事はないけれど、除雪の人は大変ですよね、とその人は言っていた。ああ、でもうちの周りの雪かきはしなくちゃですけれど、って。その人はなんとなく、エアコンというよりストーブを連想させる人。それはその人のもつ雰囲気がじんわりと橙色に揺れる灯火

          一月一日

          一年の始まりの日 君は、時計をはずそうといった。 頭の片隅でチクタクいっている時間に 歩幅あわせをするのを休もうと。 日付が変わり、新たな年を迎える瞬間 それから、初めての朝日を迎えるためにふとんから出る時刻 "そういう時間も、忘れてしまうの?” "どちらでもいい。ただ(あわせようとする)のを休むんだ "そっかあ。いいね。でもちょっと難しそう。 だってそういう時間は気にしておきたいものだから" わたしは言って "でも、やっぱり"と、君の提案を受けいれる方を選ぶことにす

          十二月二十八日

          「夕焼け小焼け」の流れる頃。 今年一年、訪れた場所を思い出す。 飛行機に乗って、船に揺られて訪れたあの島では 違う音楽が流れていたっけ。 昔あった小学校の校歌だとか、民謡という説もあるみたい。 まちに漂う音たちに逢いに でかけてみるのもいいかもしれない。 「こんな時代」だから、しばらくそれは空想のなかの旅になる。 その土地でとれたハーブのお茶を煎れて、 朝、目覚めた時のひんやりとした空気や キッチンに響く冷蔵庫の振動 まだ眠っている人たちを起こさないようにと 忍足で歩

          十二月二十八日

          十二月二十二日

          「おはよう」 カーテンを開けると、ガラス扉は露に濡れていた。 冷たく、固い。 ほんの一瞬、呼吸のためにその戸を開く。 まだあたりは暗い。朝の気配も、ずっと遠いところにいる。 太陽の時間が一番短くなる、折り返し地点を過ぎた。 2020年12月21日。そして、22日。 この日は特別なのだと、幾人もの人たちがSNSに投稿していた。 土の時代から、風の時代に変わるんだよって。 そういう「時代の節目」みたいなこと。 可能性のようなものを、ともに言葉にすることを 必要とする空気が、

          十二月二十二日

          十二月十九日

          いないと知っていても 探してしまう こんな日。                    - dear rainbow -

          十二月十九日

          十二月十三日

          サンタをみつけたよ。

          十二月十三日

          十二月七日

          おはよう 立体の音符 交差する鳥たちの声 短く停止する新聞配達のバイク 犬を連れて歩く人 扉をあける音のする感覚が縮まって こんなに賑やかに、しずかに 一日が始まろうとしている

          十二月二日

          時間はたっぷりある 森はそう告げるのです 絶え間なく流れゆく水音を抱えながら

          十一月二十二日

          出発点と、目的地と。 そこに、何の迷いも挟まず最短距離を飛ぶあなたに、 この身を委ねているのだ。

          十一月二十二日

          十二月一日

          ストーブとこたつで、カラカラに乾燥した足。 そのうえなにしろ、水泳部ときたものだから。

          十一月一九日

          写真を撮るために立ち止まる人の姿を思う。 風景をデジタルに収めて、誰かに届ける人の姿を。 フィルムしかなかった時代、「みて、これ!」と、即座にその光景を相手の手元に届けるという発想はなかった。 手のひらから、手のひらへ。お互いがリアルタイムにネットワークつながっているときに発生するキャッチボール。 風景が綺麗だからというより、誰かに届けくて、つながりたくて、美しい風景がくれたきっかけを、喜んでいるのかもしれない。そんな風にも思ったり。 スマートフォンのシャッターを押し

          十一月一九日