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映画「神々の山嶺」感想
一言で、エヴェレストの美しくも厳しい自然描写と声優の演技が凄かったです。終始緊張しっぱなしで、単独レジャーの恐さが身に沁みてわかります。ただ、完全大人のアニメで、内容は賛否両論になりそうです。
評価「C」
※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。
「神々の山嶺(いただき)」は、第11回柴田錬三郎賞に輝いた作家、夢枕獏氏のベストセラー小説です。本作は、「『坊っちゃん』の時代」・「遥かな町へ」・「孤独のグルメ」などの人気漫画を執筆した谷口ジロー氏によって、漫画化されています。
谷口氏は、惜しくも2017年に御逝去されましたが、生前フランス映画界による長編アニメ映画のプロジェクト企画を熱望されていました。
本作は、もともとフランスでは絶大な人気があり、谷口氏は2011年にはフランス政府から芸術文化勲章シュヴァリエ章を授与されており、彼自身も、本作の制作に関わっています。
本作は、第74回カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、その後フランスの300以上の劇場で公開されて大ヒットを記録しました。そして、同国のアカデミー賞にあたるセザール賞では長編アニメーション映画賞を受賞しています。
本作は、元々Netflixで公開されていましたが、フランスでの大ヒットを記念して、日本では映画館にて上映されました。※現在は、Netflix配信は終了。
ちなみに、過去に岡田准一氏主演で実写映画化しています。※こちらはあまり評判が芳しくないようですが…
・主なあらすじ
登山雑誌会社で働くカメラマンの深町誠。彼は、ネパールで、何年も前に消息を絶った孤高のクライマー・羽生丈二が、エヴェレストで消息を絶った登山家マロリーの遺品と思われるカメラを手に去っていく姿を目撃しました。
深町は、かねてより「実は、マロリーがエベレスト初登頂を成し遂げたかもしれない」と踏んでおり、もしこれを証明できれば歴史を変える大きなスクープになると考え、何としてもマロリーのカメラを手に入れ、写真を現像したいと画策します。
やがて深町は、羽生を見つけ出しマロリーの謎を突き止めようと、羽生の人生の軌跡を追い始めます。やがて二人の運命は交差し、不可能とされる冬季エベレスト南西壁無酸素単独登頂に挑むこととなるのです。(公式サイトより引用。)
・主な登場人物
・深町誠 (CV: 堀内賢雄)
本作の主人公。登山雑誌会社で働くカメラマン。ある時、カトマンズでマロリーの遺品のカメラと羽生丈二を見かけ、彼の行方を追うも…
・羽生丈二 (CV: 大塚明夫)
天才的故に、誰の追随も許さないストイックな伝説のクライマー。しかし、「とある事情」から、3年前より行方をくらましています。
・岸文太郎 (CV: 逢坂良太)
羽生の山岳会の後輩で、彼を見てクライマーを目指した青年。ある日、羽生と一緒にクライミングに挑むものの…
・岸涼子 (CV: 今井麻美)
文太郎の姉。弟の中に羽生を見出し、羽生と交流を続けます。羽生からの手紙の「ヒント」を深町に教えます。
・長谷常雄(CV: 亀山雄慈)
かつての羽生のライバル。羽生と競い、先にアルプス登頂を制すも、後に遭難して行方不明になりました。※恐らく、モデルはアルピニストの長谷川恒男氏ではないかと思います。
・マロリー
かつてヒマラヤ登山に挑んだフランスの伝説の登山家。エヴェレストにて行方不明になったものの、ポラロイドカメラを遺しています。
私は、以前より夢枕獏氏の作品のファンなので鑑賞しました。特に「陰陽師」や「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」などの歴史&オカルト作品は好きです。
一方で本作は、彼の作品の中では、ファンタジー要素が一切ない「リアリティー路線」作品となっています。
公式サイトより、映画評論家さん・アニメ監督さん方では「絶賛」の声が大きいようです。しかし、私としては、凄いところは凄いですが、今一つ響かない作品でもありました。もし、「Rotten Tomatoes」で例えるなら、「一般客」よりも「批評家」向きの作品という感じでしょうか。
1. 作画のリアルさが凄い!
まず本作は、作画のリアルさが凄かったです!
本作の監督・共同脚本はパトリック・インバート氏で、フランス・ルクセンブルグの合作アニメです。
背景画の自然描写がエグく、山の景観・吹雪・雪崩・クレバスなど、自然現象の美しさや恐ろしさをここまで描けるのは凄いと思いました。
フランスのアニメ映画監督だと、「ロング・ウェイ・ノース」や「カラミティ」などのレミ・シャイエ氏がいますが、両者共に背景画はとても綺麗で、まるで油絵や水彩画を見ているかのような色彩の豊かさがあります。
人物画も、過度にデフォルメされてないので、実写でもおかしくないレベルです。※反対に、キャラ萌えしたい人には全く向いてないかもしれません。
作風は、1980-1990年代頃の、一昔前のアニメ映画で、浦沢直樹氏・押井守氏・大友克洋氏・今敏氏を彷彿とさせます。彼らの作品よりは作画は細かくないものの、醸し出す雰囲気は似ているように思います。
2.声優陣は豪華で、本当に演技は凄い!
本作は、本職のベテラン声優を起用しています。そのため、演技は本当に凄かったです。
特に、主演の堀内賢雄氏と準主演の大塚明夫氏が素晴らしく、流石ベテランの貫禄が感じられました。自分も登山をしているかのような臨場感が半端なく、とりわけ高山病やパニック発作による荒い息遣いや、幻覚の恐怖や頭痛に苦しむ演技が凄まじく、観ている私も一緒に怖くなってしまうほどでした。
3. 1980-1990年代を生きた人は、その当時を思い出すかもしれない。
本作は、海外の方から見た日本が描かれます。ポラロイドカメラ・国際固定電話・公衆電話・カセットテープ・ビデオテープなど、1980-1990年代をリアタイした人は、その当時を思い出して、懐かしさに浸れるかもしれません。
また、この頃のアウトドアブームによって、登山雑誌が注目されたり、「鉄コン筋クリート」の漫画本がチラッと映ったりします。後者は「小ネタ」ですかね?
4. リアリティー勝負で、完全に大人向きのアニメ映画である。
本作は、雪国や氷の世界が舞台ですが、前述より「リアリティー路線」の作品です。
雪国や氷の世界が舞台のアニメ映画というと、「アナと雪の女王」・「ロング・ウェイ・ノース」・「ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒」などがあります。特に、「ミッシング・リンク〜」とは、ヒマラヤが舞台という意味では関連性はあるものの、ファンタジー要素は一切なく、特に命の線引きについては「シビアで容赦ない」描写となっています。
最も、レーティングは「G」指定なので、過度なエログロはありません。しかし、テーマやストーリー、キャラクター造形などは完全に大人向きに作られているため、お子様との鑑賞はまずオススメしません。
5. 自然は容赦ない、舐めるなというメッセージは十分過ぎるくらい伝わってきて、かなり怖い。
まず、本作は自然現象の描写がエグく、命の線引きには本当に容赦ないため、「自然を舐めるな」というメッセージは十分過ぎるくらい伝わってきました。
また、クレバスをジャンプで乗り越えたり、雪の断崖絶壁を命綱一本で登ったり、雪崩を岩との隙間に入ってやり過ごしたり、無茶なクライミングシーンが続きます。
そして、ホラー要素もかなり強く、滑落シーンや幽霊の幻覚や高山病による頭痛やパニック発作のシーンなどがかなりリアルなので、暑い夏の映画館で涼しくなるどころか、肝を冷やしました。(単に寒さの描写だけでなく、心理的な意味で。) 終始緊張しっぱなしだったので、鑑賞後にお腹が緩くなりました。※汚い話、すみません。
正直な話、「単独でのアウトドア」や「自身を過信する無茶な行動」は、「最近の事件」と重なる点はあり、そういう意味では非常にセンシティブな作品だとも言えます。特に、身内を自然の事故で亡くした人は「鑑賞注意」かもしれません。
6. 刺さる人と刺さらない人がハッキリ分かれる作品。
前述より、本作は「刺さる人と刺さらない人がハッキリ分かれる作品」だと思います。やはり、アルピニストやクライマーの方は「刺さる」のでしょうかね?
まず、本作の構成は、羽生と深町の視点、過去と現在の視点が入り混じる作りになっています。しかし、90分というアニメ映画では短い故に、カットされている点は多いです。割とシーンが「ぶつ切り」になっているように見えるので、原作を知らないとストーリーを追えないかもしれませんし、登場人物に感情移入しづらいかもしれません。
私も、正直、本作から感動や共感は得られなかったです。富士登山を途中で断念した私には、本作の登場人物の考えには「共感」しにくかったです…
確かに「目的を達成したい、一番になりたい」という心意気は素晴らしいですが、その「一番」にはキリがないし(作中でも、山や登山方法、単独かチームかなど、競う方法は無限に出てくると説明されていました。)、何故命の危険を冒してまで登り続けたいのかは理解しきれず、思わず「止めなよ」と言いたくなる自分がいました。
敢えて言うなら、「山の魅力に取り憑かれた。野望がある限り登り続けたい。」みたいな考えなんでしょうかね。
また、登場人物で一番わかりやすかったのは意外にも「羽生丈二」かなと思います。
何故彼が「単独登山」に拘るのか、最初は、羽生が「自身の才能故に、完璧主義で一匹狼、協調性を求めない」からだと思っていました。
実際、山岳会の集まりで、「ザイルで繋がったバディが危機に陥ったら、もう一方がザイルを切れるか」(切ったら相手はまず助からない。)という「トロッコ問題」に類似した話が出てきたとき、羽生は彼らの前では「そういうときは切る、だから俺が下なら躊躇せず切ってくれ」と答えました。
そんな彼でも「文太郎」には一生の悔いが残りました。涼子にお見舞金を振り込み続け、面会を欠かさない姿勢を見ていると、ある意味、姉弟に対する「贖罪」の気持ちで生かされていたように感じます。
それによって、彼は一切バディを受け付けず、単独登山に拘るようになってしまいました。どこか「冷徹」に見えた彼でも、心の揺らぎや苦しみがあったか、ここからは周囲に助けを求められず、ひたすら「自分の殻に閉じ籠もる」不器用さを感じました。
7. フワットして終わる所は、フランス映画らしい。
本作は、「羽生の行方」や「マロリーのカメラの写真の謎」など、序盤ではサスペンス要素を散りばめています。しかし、結局のところ、答えは「ハッキリ」としないで終わります。(特に後者については。)
このように、曖昧でフワットしたまま終わる故に、「明確な答え」を求める人には相性が悪いかもしれません。そこは、本当にフランス映画らしいと思いました。
最後に、誰にでも勧められるかと言えば、かなり微妙な作品です。決して「駄作」ではないし、良くできている所はできていますが、刺さる層はかなり限られているかなと思いました。
出典:
・映画「神々の山嶺」公式サイトhttps://longride.jp/kamigami/
※ヘッダー画像は、こちらより引用。
・映画「神々の山嶺」公式パンフレット
・フランス映画の特徴
http://www.france.lealog.com/2007/01/post_8.html