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過去に引っ張り戻される。

こんばんは。

なんか。
やっぱりな。
という、感想の日記です。
昨日とは打って変わって暗くなります。

そう簡単には上手くいかなさそうです。
生きやすい人生へ運ぶには、
当たり前ですが、もっともっと時間が必要で、
幸せになろうとする自分を自分が許さない。と、
いうような感じがします。
なんだか、闇深いことを言ってしまいます。
書くことで私の中で更に何かか蠢く。

幸せ。と、感じる瞬間に、フラッシュバックのように、辛かった出来事が過ぎる時があります。
これを克服していかないといけないのですが、
自分ひとりで打ち勝つ事が今は出来無いことに
気が付きました。

幼少期、父に言われた
『何をしても結果は同じ。』
『黙って言う事を聞いていれば良い。』
目の前にある選択肢を選ばせてもらえない。
そこに手を伸ばそうとすると、
女が出しゃばるんじゃない。と。
思考が停止する。
呪文のようで、ずっと縛られている気がします。

なにかに自ら興味を持ち、取り組もうとする姿が見つかると阻止され、出された課題に切羽が詰まっていないと逆に罵られ叱責されていた記憶が足を引っ張ります。
20歳までは親の元で暮らし、子供は、
親の言う事を聞かないといけないものだ。
そう言われていました。

そして、どんな時も味方でいてくれた母もまた、
そこに縛られ、ひたすら謝る。
何も悪い事をしていないのに。
自分が身を引いて事を収める。
幸せな時間を作る方法は、我慢をすること。
できないなら、そこを離れないといけないという、窮地に追い込まれる。

そういうところ。
父と夫も同じ。
母と私も同じ。

結婚生活が上手くいかなかったのは、
これが原因だ。
やっぱりつながっていた。

自分で招き入れて、悲観的になっていたなんて、
本当に尽々、自分に呆れる。

けれど。
そこに気付けた以上は、もう負けないように。
ハングリー精神だけは、身に付いていて、
本当に助かった。

そして、もう一つ。
それは、思いやりの欠如。
そこに温かさがあったとしても、
見せかけの思いやりだ。と、思ってしまったり、
心から安心して人と接する事ができない。
そう思って過ごした過去の自分が、
今の自分を苦しめてきます。

親友や愛する人がいる人を見ると、
私には、そういう人が居ないことにも、
自分にも関心を寄せないで生きてきて、
今やっとそこに気づけて、
心底、羨ましい。と思えた。
そして、素直に私もそういう人が欲しい。と、
心から思えるようになった。

その探し方も知らないでいた過去の自分が、
今、探そうとする自分にブレーキをかけてくる。

ゆっくりでいいから、ここからも抜け出そう。

振り切っていくんじゃなくて、
過去の自分を慰めて、泣けなかった分いま、
たくさん泣くこと。

なんか、まとまりのない内容になってしまいましたが、こういう思いは、すらすらと書けてしまう。悔しいなぁ。本当に悔しい。

ゆっくりでいい。
焦らなくていい。
とにかく前だけを向いていこう。


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